Mon.

上村直也の履歴書。

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去年の12月頃からはじまった京大わらしべ、という企画があります。
「わらしべ」と書かれたテディベアを回してって、回ってきた人が今自分がしてる活動や頑張ってきたことについて書く。そうしてまた書いた人が「この人は面白い」と思うような人に回してく。前から知っていて、京大の中にもこんなことしてる人がいるのかといつも楽しみに読んでいたのですが、それが最近自分に回ってきました。何を書くか迷ったのですが今までの大学生活をさーっと振り返って書いて寄稿しました。
さーっとは言ったもののいざ書こうとすると色々と溢れてきて、何か昔を振り返って恥ずかしくもなったりしたんですがまぁせっかく書いてみたのでこっちにも転載してみます。以前のブログでの記事と内容がかぶってたりするところもあるんですがそこはまぁご愛嬌で。




わらしべを見てらっしゃる皆様、こんにちは!
29人目、農学部食料・環境経済学科4回の上村直也と言います。

【簡単な自己紹介】
21歳、茨城の片田舎から出て来ました。2年間はAIESECで活動した後、去年の2月から 南米一人旅、西アフリカ/ブルキナファソでのインターン、豪メルボルン大学、独フライブルク留学を経て墺ウィーン大学に留学、2週間ほど前に帰って来ました。1年半ほど日本を離れてはいたのですが4年で卒業・就職する予定です。訪れたのは40カ国あまり。ちなみにお気に入りの国はエストニア、ボスニア、ボリビア、ドイツ。


【何について書くのか】
わらしべの存在は前から知っていて、 様々な分野で頑張ってる人がいて面白いなと毎回楽しみに読ましてもらってました。わらしべ創始者の大河原君がスウェーデンに留学してると聞きつけて、それならとウィーンからストックホルムに飛んだのが先々月くらい。あとわらしべを渡してくれた白土くんとロンドンでらーめんを食べたのも先々月。月日がすぎるのは早いですね。しみじみ。

さて何について書こうかと考えていたのですが、僕は一つのことに集中するのが苦手で、先出の皆さんの様に何かの活動に特化して書くのは出来ないなと思ったのでこれまでの大学生活をざっくり振り返って、思うことを等身大で書いていけたらと思います。↓な感じでいきます。

/留学について
/アフリカでのインターン
/京大生活について
/どうしてそんなに海外に行くのか。
/旅について
/伝えたいこと。
/linK


【留学について】
僕はオーストラリアとオーストリア(紛らわしい)とドイツにそれぞれ留学しています。ドイツは単純に1ヶ月ドイツ語を勉強していた語学留学なのでここではおいといて、ラリアとリアは京大からの交換留学で、計2回行ってます。

・どうして2度行くことになったのか
留学は中学くらいの時からしたいと思っていました。入学当初はアメリカに行きたかったんです。ミーハーだったので、行くなら一番良いとこに行きたい!ということで世界ランクトップ10に入っているUniversity of Pennsylvaniaに行きたいと思っていた。今でこそ京大側も留学を押し出してますから色々なイベントがありますが、その時はあまりなくて、自分で動かないと情報が入ってこない感じだったので留学生課に押しかけて先輩を紹介してもらったりして、とにかく動いて情報を集めていました。ところが第一希望には落ちてしまうんですね。しかも2回(笑) 純ジャパなりに結構勉強はしたのだけれど落ちてしまった。そこで第二希望のオーストラリアに行くことになりました。アメリカの場合は1年行く義務があったけれど、オーストラリアの場合は半年が1年か自分で選べた。そこで、これって半年にしたらワンチャン2回行けるのでは?と思って留学生課に問い合わせたところ「理論上はいけますね」とのこと。なので応募してみた。そしたら通った。2度目はヨーロッパに行きたい!イギリスっしょ!と安直にイギリスを希望するもまた第一希望には落ちてしまう(笑) おそらくラリアに行ったのでお前もう英語圏はいいやろという判断だったのでしょう。結果として第二希望のウィーンへ。ウィーンを選んだのは雰囲気オシャレ〜というこれまたミーハーな理由。ドイツ語勉強したかったというのはありますが。
そんな感じで紆余曲折がありました。いつも第一希望が通ってるわけではないけれど、振り返ってみると本当にこれで良かったと、今は思えてます。結果論ですけどね。結局正解があるわけでなくて、自分で選んだものを正解にしてく姿勢が大事なのだと思います。

・留学を通して学んだこと。
留学を通してやはり一番大きかったのはMinorityになる経験が出来たことでないかなと思っています。それを通して様々なことを学びました。日本にいる時はガイジン、ガイジンなんて言ってたけど今度は自分がその「ガイジン」になるわけですね。 留学ってキラキラしたイメージが強いけれど、当然楽しいことばかりじゃない。 自身の留学生活を振り返ってみると「超楽しかった」と思うしそう答えているけれど、最初の1週間なんかは帰りたいと思う時もあった。 ラリアやリアっていうのはもうインフラが整ってる先進国で、普通に暮らしやすくなってます。けれど、初めの頃なんてのは特に英語もわかなんないし、友達もいないし、その土地についても何もわからない。そんな状態から、半年なり1年なりある程度まとまった期間住む。生活という意味でも授業という意味でも、自分で一からセットアップしていかなくちゃ行けないわけですね。そのプロセスを通して、何度も自分の常識を疑ったり、自国や自分を相対的に眺め振り返る時間があった。日本の良いところも悪いところも見えてきた。日本にいた頃はあまり日本人ぽくないなんて言われたことも多かったんですが、やはり自分は良くも悪くもどうしようもなく日本人だなと思ったり。
また授業でのグループワークや日常で友人を作っていくことを通して、国際感覚と言うのか、そんな大それたものでなくとも対人力の様なものが磨かれた気がします。当然かもしれないけれど、英語がペラペラに話せればきちんと異国の人とコミュニケーション取れるわけじゃないんですね。その論理で行くとアメリカ人みんなコミュ力maxってことになってしまう。欧米人でもコミュ障は沢山いますから。そうじゃなくて、もちろん語学力は大切なんだけれど、先述の対人力も合わさってコミュニケーション能力ということにつながっていく。
アグレッシブな姿勢も身につきました。もちろん個人差はあるけれど、日本人に比べ海外の人は総じてアグレッシブですね。自分の思いと違うことがあれば言ってみよう、交渉しよう、そんな姿勢がある気がします。ちょっと稚拙な例ですが、twitterなんか見てると「ES出し遅れたー\(^o^)/オワタ」みたいなのを見たりします。彼らはそんな生産性の無いことをつぶやく暇があったら会社に電話するなりメールするなりしてネゴる(交渉する)。勿論みんなじゃないですけど。そんな人たちを見ていて、僕もとりあえず言ってみる、ネゴってみるとか、会いたい人がいたら連絡とってみるとか。そういう姿勢がより強くなりました。3学期間日本にいなかったのに (まだだけど) 4年で卒業するのとか、ウィーンにいた頃に国際機関や外務省の方等普段であれば中々会えない人にお会いできたのもそういう姿勢から来ている気がしますね。
あとは語学力。ドイツ語はまだ日常会話の域を出ないですが、英語に関してはかなり自信がつきました。僕は日本生まれ日本育ちの純ジャパですけど、英語が母国語で無い人であればヨーロッパ人でもアジア人でも、基本的に自分の方が話せると思ってます。勿論いつもそういうわけじゃないんですけどね。でもそれでいいんです。そういう過剰な思い込みがついてから、自信を持って自分の言いたいことが言える様になった。個人的には、上で書いた語学力と対人力はある程度相関性があったように思います。

【アフリカでのインターン】
ちょっと留学のことを書きすぎたのでさくっと。
昨年の5−6月にAIESECを利用して西アフリカのブルキナファソという国で大学生に6週間英語を教えていました。
ブルキナファソを選んだ理由は、その時点では国名すら聞いたことも無かったから。
そもそも全然違う環境に飛び込んでみたかったからアフリカに行きたくて、その上でケニアとかトーゴとかカメルーンとかも見てたけど、結構聞いたことあったしもう周りでも行ってる人がちょいちょいいたので全く違うとこに行きたかった。そんなわけでのブルキナでした。
これも中々大変でした。現地のAIESECのメンバーが作ったプロジェクトに参加したんですが、プロジェクトのカウンターパートも大して英語が話せないし、そもそも人は集めているけれどシラバス等もゼロから僕が作る必要があった。まぁそれはいいとしてもっと辛かったんは暇だったこと(笑) 何か当初聞いてたのと違って週に2日しか教える日無いので毎週ゴールデンウィーク。しかも大して観光地があるわけでも無いし、VISAの関係で他国に行く事もできない。周りは「ゆっくりする良い機会なんでないの?」と言うけれど、暇が耐えられない類の人種である僕としては本当に辛かった (笑)。初めは辛かったけど現地の大学を覗いてみたり、JICAにコンタクトをとって青年海外協力隊の方々と仲良くなって現場を見せてもらったり、空港で知り合ったジャーナリストの人と遊んだり。まぁ振り返ってみると楽しかったなと思います。やっぱ自分で足を動かしていくことでしょうね。
6週間現地のブルキナファソ人の家族の家でホームステイして、沢山議論したり喧嘩もして、貴重な経験だったと思います。幸せとは何か?発展とは?そんなことをもやもやと考えさせられました。


【京大生活】
今更という感じですが。1、2回生の時は主にAIESECという学生NPOで活動していました。AIESECってのは海外インターンの運営をしてます。日本の企業に営業に行ったり、イベントを運営したり、インターンに来た外国人とわちゃわちゃしたり。この2年間を通して得た経験は例えば、オーストラリアで実際のNPOを対象にコンサルティングプロジェクトに多国籍チームで取り組んでいる時も非常に役に立ちました。
興味を持つとなんでも手を出してしまうので、 他にもSillyFoxという生協系のサークルもやってたり、他にサークル2つ、バイト3つくらいしてました。

あとどうして3学期をスキップして4年で卒業できるかという話なのですが、これは周りに恵まれたということとが一番、あとはネゴってみるということでしょうか。事前に単位を前もってとっておくのは当たり前として、簡単に自分のしたいことを諦めて交渉してみること。例えば僕の学科では卒業のために必ず必要なゼミの単位があって、一度は留学に2度行くなら留年するしか無いと言われました。けれど考えてみて、自分としては留学をどちらかでも諦めることは嫌だし、留年もしたくなかった。そこで一時帰国してゼミに出席してプレゼンすること、また別途レポートを書くことで代替してもらえないかと打診。そのため「上村について」ということで教授会議が2度開かれたそうですが(笑)、結局はお世話になっている教授方のお陰で何とか4年で卒業出来そうです。2度の留学の単位はおそらく一つも互換出来ないので後期結構ガチで頑張んないとなんですが。

【どうしてそんなに海外に行くのか?】
なんでしょう、行っちゃうんですよね。ディズニーランド行きたい!ってのと同じようなノリかなあ。金額と時間はちょっと違うけど。
でも大きいのは人や景色だと思います。人が多いかな。旅先で出会った人はユニークな人が多くて、例えその時は数時間しか共有していなくても、また会いたいと思う。そんな純粋な思いで飛んじゃうことが多い。また僕は厚かましいのでホステルが一緒で1時間話した、飛行機で隣だった、友達の友達とか、そういうのお構いなしに連絡とってお世話になりまくる。今まで40数カ国行ってきたけれど、現地に何かしらの友人がいて行こうと思った国がほとんどな気がする。実際に訪ねて行くと、本当に皆良くしてくれますし、その友人を質問責めにして、その地のローカルがどういうことを良い/悪いと思っていて問題意識を持っているか等を追おうとすることで、ただの観光に比べてもその地がよりvividに見えてくる。なんだろう、頭の中の白地図を埋めたいっていうぼんやりした想いがあるんです。例えばボリビアという国が存在することは知っているけれど、それを頭で知っていることと、実際に足を運んでリアルを感じることには圧倒的な差がある。 一度訪れることで自分の中に、その国に関してアンテナの様なものが出来る。一度その地を訪れると、何か目のはしで目にしたことが気になって後で調べてみたり、本を読んでみたり、ニュースでその国が出てきたらすっと耳に入ってきたりする。自分の目にしたミクロな知識とマクロな知識が混ざってく感じはやっぱり旅をしてこその感覚だと思います。知ってるからなんだということなのだけど、自分としては頭の中の白地図が埋まってきて世界が繋がっていることを実感し、その地のリアルを感じその白地図に色がついていく感覚が心地良い。


【旅について】
これ書こうと思ったんですが既に超絶長くなってしまったので興味のある方は、前にブログにそういったことを書いたのでこちら見て頂けると幸いです。


【伝えたいこと】
偉そうに言うのは気が引けるし、↑を読んで何か感じることが一つでもあれば嬉しいなと思うのですが、大学生活で様々なことをしてきて思うのは以下の3点です。

とりあえずやってから考える。
→「留学行きたいけどはっきりした目的が無いから迷ってる」ということをしばしば耳にします。僕は、本当にやりたいなら理由は必ずあるのだと思います。それを自分の中からまだ言語化出来ていないだけ。留学やインターンをする時に目標は大事ですよ。そうじゃないとなんとなーく時間が過ぎてしまうから。けれどそれは走りながら考えても良い、とりあえずやってみて、動き出しながら考えても良いんじゃないかと僕は思います。

・ネゴったら何とかなることは案外多い。
→日本人の謙虚な姿勢は良いと思うのだけれど、もっともっと言ってみてもいいと思う。ネゴったら何とかなることは多い。僕は今までの経験を通してそう思います。

・押さえるとこは押さえる。
→ネゴったら何とかなることは多い。それはそう。けれどそれは、ただ自分の主張を押し通すことではありません。何かを実現したいと思う時の、障壁となるものの力学を理解して動くしたたかさのようなものはある程度必要だと思います。また例えば留学行きたいなら単位はとっとくとか、英語のスコアをとるとか、そういうポイントはやはり押さえとく必要があると思います。


【linK】
最後に宣伝も兼ねて。僕は文章を書くのが好きで、1年前南米に飛び立つ前あたりから世界で見聞きしたことをもとに考えたことをブログに書いてます。興味があったらぜひよろしくお願いしますー http://bzbe.blog.fc2.com/

あとその延長で、世界に散らばってる京大生の視点や生き方をつなぐプラットフォームを立ち上げました。linKといいいます。
基本的には海外に出ているor出た、ユニークな視点や生き方を持つ京大生を取材して記事にして公開しています。ただ自分としては単なるインタビューサイトで終わりたく無いと考えています。人が繋がっていく(linkしていく)プラットフォームになれば良いなと。読んですごいな、と終わらないで、本当に興味が出れば会ってみるとか(そのためになるべくコンタクトを載せています)。「日本の大学生は海外に出ない」という様なことが言われたりしていて、それはある程度真実なのかなとは思う。ただ2年半の京大生活で、色々な手段で海外に出てユニークな生き方をしているちょっと (良い意味で) ヘンな京大生を見てきた。学部・年齢に関わらず。例えばベルギーでの交換留学の間に1日で1000人の集客/100万円の利益を上げるイベントを開いた現役学部生(わらしべの次のライター、みっちーです!)や、理学部OBの方で官庁を経て現在国際機関のウィーン本部で働かれている方などなど。そういった方々と話をさせてもらう度に、自分の視点が広がっていくのを感じた。けど案外その生き方は知られてなかったり。僕の友人間のみでもそう感じた。だからそうしたユニークな京大生の生き方・視点をもっとシェアしてくことは価値を生むのでないかと。「そんな選択肢・生き方もあるのか」という新鮮な驚きは、全ての人でないとしても、誰かの新たな行動に結びつくと信じている。どの分野で何をしていくのかというのは人によって違うだろうけど、想いの部分は共有できるものがあるのでないか。実際に活動するフィールド・分野は人それぞれ全然違っても、多くの人が想いを共有して動いていけば、日本は、世界はもう少し良い方向に動いていく、かもねと。人間1人で出来ることは限られてますから。根本にあるのはそんな想いです。わらしべと結構近いですが、アプローチはやや違うと思ってます。
ちなみに京大生にフォーカスしているのはやっぱり自分が京大が大好きだから。アプローチしたいのは京大に限らないんですが。でも大きなことをしたいと思ってもやはりベースは必要だと思うし、まずは足元の京都・京大から始めてみようと。より身近に一歩踏み出していることを知るのは焦り・モチベーションに繋がると思うし。あとやっぱ、読んで終わりでなくて、そこから人が繋がっていったら嬉しいなと。今の時代、SNSをたどれば共通の友人が沢山いたり共通点が色々とあったりするでしょうから。そういう意味でのlinKです。

【最後に】
京大、ということに関して言うと、正直自分自身留学したり、またCambridgeやHarvardといったtop-tireの大学の学生と話す中で、どうして高校から直接海外の大学へ、少なともトライしなかったのかと悔やんだことは数え切れないほどあります。けれど今はやっぱり京大に来てよかった、これで良かったと思っています。問題が無いとは言わない、むしろ沢山あると思いますけども。ただ最近の何が何でも海外の大学が良い、海外大生はすごい、というのは違うと思う。物事には良い面と悪い面がある。当然だけどアホな人はアホだし、先のtop-tireの大学の学生と比較しても自分や京大生が全てにおいて劣ってる、敵わないとは思いませんでした(こいつはヤバ過ぎる、という人はちょくちょくいますが)。先日京大からCambridgeへ行かれた方のお話を伺った時も、Cambridgeの学生は優秀だけれど、京大にいた時とあまり遜色ないと言っていました。

......

やー
短くさくっと書こうと思ったんですけどね!結局長くなってしまいました。
読んでくださった方、ありがとうございます。
後期は京都におりますので、面白いことあったらぜひ声かけてください、ってか面白いことしましょう.

上村 直也
fb: Naoya Uemura
twitter: @708_u
Blog: http://bzbe.blog.fc2.com/
linK: http://linkyoto.wordpress.com/


おわり
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Thu.

3度の留学、1年半の海外生活を経て今思うこと。

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どうも、久しぶりの更新です。
最近はウィーン大学での留学のラストパートで、積極的に友達誘って遊んだり、世界の色々なとこから友達が来てくれたり、farewell party開いて60人くらいホストしたりでばたばたしてました。

まぁそんなこんなでウィーンでの4ヶ月間が終わって日本に戻って来ました。
鉄は熱いうちに打てってことで、さくっとウィーンでの留学生活を振り返ってみようと思います。去年の2月から約1年半海外をふらふらしてて、ちょくちょく日本に帰ってきてはいたものの日本に落ち着くのは1年半ぶり。ってことで去年からのことも振り返りつつ書いていけたらと思います。

そもそもの目標
一応ウィーンに行く前に、留学の目標というものを立ててました。ウィーンでは主に3つ。1)旅すること。せっかく国と国が繋がってるヨーロッパに行くのだから、めちゃ旅してやろうと思った。2)そうして経験したことを発信すること。今してるみたいに、blog書いたりってことですね。3)ドイツ語。幼少期に2年間ドイツに住んでいて話せていたのだけれど、それからノータッチで話せなくて勿体無いなと思ってたので、ドイツ語をもっかい勉強しようと。勿論沢山友達出来たらいいなとかは思ってましたけど。メインはその3つでした。

で、どうだったか。
項目に分けて振り返ってみる。

1, 旅
すごくした。うんめっちゃした。目標達成。ウィーンに来る前にちょっとドイツにいて旅行していたのも入れると18カ国ほど。自己満なのを重々承知して書いてみると、ドイツ・オーストリア・ハンガリー・チェコ・クロアチア・ボスニア・スロバキア・ルーマニア・ポーランド・デンマーク・スウェーデン・ノルウェー・イギリス・アイルランド・エストニア・ラトビア・リトアニア・ロシア。ちなみにお気に入りはエストニアとボスニア。理由はまたそのうち。基本的に授業が火木だけだったので金曜から月曜は基本旅行してました。結局ウィーンでの4ヶ月(実際には3ヶ月半)の中で半分もウィーンにおらず、ドイツ語の語学学校のクラスメイトには最終日に「えっ大学生だったの?」と言われる始末。
いつも旅をしてて良いなあと思うことが2つある。一つは友人に再会したり、旅先で新しい人と知り合ったり、出会いに溢れていること。やっぱ人と話して色々な経験を共有したり議論する時が一番楽しい。もう一つはその地の概観をつかめること。勿論数日いたくらいでその国の何が分かるんだ、というのはその通りなわけで。特に僕は1つの国とか場所に2−3日しか無いのでまさにそうなんだけど、やはり人づたいに聞いたり本で読んだりした2次情報と、自分で実際に足を運んでみて得られる一次情報は違う。かなり違う。 街の景色は勿論のこと、交通システム、住んでる人種、匂いや雰囲気。なんてことない情景の一つが心に残っていて、そこからその国に対してのイメージが出来て行ったりする。街を歩いていて街自体やそこに生きる人々を見るのは非常に興味深くて、それは実際に自分で足を運んでみたない触れることのできないリアルだと思う。面白いのはやっぱり隣の国でも違っていること。主観的であることを恐れず例を挙げてみると、例えばデンマーク・スウェーデン・ノルウェー・フィンランドというのは北欧として一つにされることが多いけれどフィンランドだけは言語が全然違って、他の3カ国の人からするとちょっとよそ者の様な扱いになっていること。フィンランドはルーツ的にはむしろエストニアの方が近い。今はノルウェーの方が豊かであるが、スウェーデンには元々スウェーデンの一部であったノルウェーを見下している人もいること。ハンガリーとルーマニアはトランシルヴァニア地方と言う地(今はルーマニア領)を取り合っていること。そしてトランシルヴァニア地方としては独自に独立したがっていること。ハンガリーとポーランドは非常に仲が良いこと。逆にポーランドとスロバキア、リトアニア等は衝突があること。エストニア・ラトビア・リトアニアはバルト三国としてまとめられることは多いけれどどこも言語は違ってて、エストニアはその中でも豊かなこともあり自身をむしろ北欧の一部と定義したがったりしていること。勝手にイギリス人の若者は気品があるものと思っていたけどむしろ騒がしいおてんば娘の様な子達が多いこと(批判してるわけでなく)。バルカン半島のボスニア・クロアチア・セルビア・マケドニアといった国は文字は違うことがあってもほとんど同じで、お互いに理解できる言語であること。などなど。
初めに断ったようにこれは僕の主観の域を出ないし、知ってるからなんだということなのだけど、自分としては頭の中の白地図が埋まってきて世界が繋がっていることを実感し、その地のリアルを感じその白地図に色がついていく感覚が心地良い。特に僕は基本的にその地にいる友達に頼りまくるというぬるま湯スタイルなので(ゆとり世代なもんで)、その友人を質問責めにして、その地のローカルがどういうことを良い/悪いと思っていて問題意識を持っているか等を追おうとするのでよりvividに見えてくる。また僕は厚かましいのでホステルが一緒で1時間話した、飛行機で隣だった、友達の友達とか、そういうのお構いなしに連絡とってお世話になりまくる。そして実際に訪ねて行くと、本当に皆良くしてくれる。宿代が浮くということだけでなくて(それは結構どうでも良い)、その地の本当に良いもの(食事/景観)に触れることができ、そして何よりも先の様にローカルの人々の思考に触れる事ができる。例えばエストニアがお気に入りの国であるのは、街自体が綺麗だったというのもあるけれど、それより案内してくれたエストニア人の子がエストニアの歴史を色々と話してくれて、例えば実際に自分のおじいさんはシベリアに送られて帰ってくることは無かった(エストニアはソ連に支配されていた)とか、ソ連支配下時代には普通の本を1冊買う度にレーニンの本を買わなくては行けなかったという様なリアルな話を聞いて、それを耐えてきたエストニアの人々の強さを感じたから。(参考記事:エストニアに行ってきた) まぁ案内してくれた子が超美人だったのもあるのかもしれないけれど。(・・) あとこういう時、英語は出来た方が良いなと思う。日本人バックパッカーの人は結構いて、非常にはユニークな方々が多いので彼らと話しているだけでも楽しいし、宿が一緒になったガイジンと飲んでわーっとしてて楽しそうだなと思うのだけれど、英語が話せてもっと、人生の話とか議論が出来ると、より幅のある人生のサンプルに触れる事ができて、旅はもっともっと楽しくなると思う。
やや話がそれました。こうして旅(と事前の予習)を通して、その地の見識を深めるのは勿論なのだけど、それよりも旅の効用として挙げたいのは、一度訪れることで自分の中に、その国に関してアンテナの様なものが出来ること。予習なんて偉そうに書いたけど個人的にはギリギリになって大してしてないことがほとんど。けれど一度その地を訪れると、何か目のはしで目にしたことが気になって後で調べてみたり、本を読んでみたり、ニュースでその国が出てきたらすっと耳に入ってきたりする。あとヨーロッパ47カ国(数は定義にもよる)の位置を把握したり。 自分の目にしたミクロな知識とマクロな知識が混ざってく感じはやっぱり旅をしてこその感覚だと思う。この1年半で国際関係への興味が非常に高まってきた。院に行きたいと思うこともあるくらい。まぁまだ若干21歳で働いた経験も無いのでそれが将来どう繋がってくは未知数なのだけど、たまに外国人と話してて彼らの国に行ったこと、見たことを話すと気に入られて仲良くなってビールを奢ってもらえたりすることがある(特にあまり観光客が多くない地の人)ので現時点でもある程度ベネフィットはあるのかなと思う。



2, 発信
なんか書いてたら熱が入ってしまって一つ目の目標に対する評価が長くなってしまったのだけれど、目標の2つ目、発信すること。環境と機会に恵まれて色々な経験をさせてもらったのだから、少しでも発信しなくちゃなという思いから昨年2月から始めたBlog。ヨーロッパにいる間もちょくちょく書いてはいました。ある程度は出来たかなと思う。ただラリアにいた頃と比べると、旅ばかりしてたのもあり定期的に更新することは出来なかった。書きかけは割とあるのだけど。笑 やっぱなんかふっとインスピレーションが湧いた時にさくっと書かないとダメですねこういうのは。ウィーンにいた時に書きたかったことはちょこちょこあるので、またこれから思い出しつつ書いてきたいと思います。

あと必ずしもウィーンでの経験に関することではないけれど、世界に散らばってる京大生の視点や生き方をつなぐプラットフォームを立ち上げました。linKといいいます。基本的には海外に出ているor出た、ユニークな視点や生き方を持つ京大生を取材して記事にして公開しています。ただ自分としては単なるインタビューサイトで終わりたく無いと考えています。人が繋がっていく(linkしていく)プラットフォームになれば良いなと。読んですごいな、と終わらないで、本当に興味が出れば会ってみるとか(そのためになるべくコンタクトを載せています)。「日本の大学生は海外に出ない」という様なことが言われたりしていて、それはある程度真実なのかなとは思う。ただ2年半の京大生活で、色々な手段で海外に出てユニークな生き方をしているちょっと (良い意味で) ヘンな京大生を見てきた。学部・年齢に関わらず。例えばベルギーでの交換留学の間に1日で1000人の集客/100万円の利益を上げるイベントを開いた現役学部生や、理学部OBの方で官庁を経て現在国際機関のウィーン本部で働かれている方などなど。そういった方々と話をさせてもらう度に、自分の視点が広がっていくのを感じた。けど案外その生き方は知られてなかったり。僕の友人間のみでもそう感じた。だからそうしたユニークな京大生の生き方・視点をもっとシェアしてくことは価値を生むのでないかと。「そんな選択肢・生き方もあるのか」という新鮮な驚きは、全ての人でないとしても、誰かの新たな行動に結びつくと信じている。どの分野で何をしていくのかというのは人によって違うだろうけど、想いの部分は共有できるものがあるのでないか。実際に活動するフィールド・分野は人それぞれ全然違っても、多くの人が想いを共有して動いていけば、日本は、世界はもう少し良い方向に動いていく、かもねと。人間1人で出来ることは限られてますから。根本にあるのはそんな想いです。
ちなみに京大生にフォーカスしているのはやっぱり自分が京大が大好きだから。アプローチしたいのは京大に限らないんですが。でも大きなことをしたいと思ってもやはりベースは必要だと思うし、まずは足元の京都・京大から始めてみようと。より身近に一歩踏み出していることを知るのは焦り・モチベーションに繋がると思うし。あと最初に書いたように、読んで終わりでなくて、そこから人が繋がっていったら嬉しいなと。今の時代、SNSをたどれば共通の友人が沢山いたり共通点が色々とあったりするでしょうから。そういう意味でのlinKです。
京大、ということに関して言うと、正直自分自身留学したり、またCambridgeやHarvardといったtop-tireの大学の学生と話す中で、どうして高校から直接海外の大学へ、少なともトライしなかったのかと悔やんだことは数え切れないほど。けれど今はやっぱり京大に来てよかった、これで良かったと思っています。問題が無いとは言わない、むしろ沢山あると思いますけども。ただ最近の何が何でも海外の大学が良い、海外大生はすごい、というのは違うと思う。物事には良い面と悪い面がある。当然だけどアホな人はアホだし、先のtop-tireの大学の学生と比較しても自分が全てにおいて劣ってる、敵わないとは思わなかった(ただこいつはヤバ過ぎる、という人はちょくちょくいる)。自分がアプローチしたいのは日本、そして日本人ですから。そういう意味で、日本の初等・中等・高等教育を受けてきて、その良い面と悪い面を感じ、またその過程で多くの人を視てこれて良かったと思います。


3, ドイツ語
これに関しては、まだまだだなと思う。ホームステイをしていたこともあり、ドイツ語で話す機会は多かったけれど、話すのばかりで机の上での勉強にあまり時間を割けなかったので単語知らないし文法もたどたどしい。ただあっちで友達が沢山できて、彼らとドイツ語できちんと話せるようになりたいとは思うのでモチベはかなり上がった。後期は授業でもとろうかなと思っています。


あと思ったこと
友達作るのがうまくなった?
留学生の友達というのは日本にいた時もいたけれど、そういった日本が好きで来てる人たちと普通に外国人の人というのはちょっと違ったりする。日本にいる人の場合は好きで来てる人が多いから歩み寄りが簡単。それに比べると、一般の人だと、母国語でない言語でまず自分に興味を持ってもらうとこから始めなきゃいけないから大変だなと、特にオーストラリアに留学していた初めの頃思った。1年経て、色々な国/タイプの人に触れてきてそういうのに慣れてきた。対人感覚というのかなあ、語学力とはまたちょっと別にあるもの。日本人だし、アジア人だし、の様な感じであった引き気味な姿勢が無くなってきた気がする。
後はウィーンでは、オーストラリアにいた時によく感じていた、アジア人とヨーロッパ人の壁というのをあまり感じなかった。(参考記事:欧米人とアジア人の壁はあるか) オーストラリアにいた時はparty等開くとき、アジア人とヨーロッパ人の配分みたいなのをすごく気にしていたけれど、ウィーンではそれほど気にならなかった。自分のfarewell partyも、みんなごっちゃで60人くらい来てくれてわいわいしていた。勿論それぞれの人次第なんだろうけど、こっちの風土もあるのかなと思う。自分の中で、その壁を越えられた様な気がして、すごく嬉しかった。

英語もっと頑張らないと。
何度か書いたことがあるように、メルボルン・ウィーンと経て英語力には自信がついてきた。言いたいことは言えるし、英語が母国語でない人と話をする時は、基本的に自分の方ができるだろうという思い込みもついた。けれど、そう思ってもっと英語に触れる様になってから、自分が達したい思う英語力のレベルにはまだまだ努力が必要だと気づいた。 例えば(当然ではあるのだけど)一つのことを言うのにも言い方というのは何通りもある。こうして日本語でブログを書いてる時も、何通りもある書き方・単語のうちから伝わり方を考えて言葉を選んでいるわけで。たしかに言いたいことは言えるのだけど、自分の英語のボキャブラリーや言い方って中学生かそれ以下のレベルかもなと。ほんと情けないくらいボキャ貧だなと。自分の昔のfacebookへの投稿を見ていても恥ずかしくなることがよくある。ビジネス等であれば何とかなるかもしれないけれど、自分はこうやって書くことが好きで、英語でもちょくちょくブログ書きたいなあと思うのでボキャブラリーがもっと必要だなと。そう思ってから英語での記事や本を読んだり、何かを書くときによく英英辞書で類語を調べる様になった。まーとりま実践あるのみってことで英語版guysbe. もちょくちょく更新していく予定なのでどうぞよろしくお願いします。
結局自分が英語で何をしたいかなのだと思う。ただ文書を読みたいだけだったら話す能力は全くいらないかもしれないし、話したいだけだったら書く能力はそんなにいらないかもしれない。言語学習は大きなコストであることは確かなのだから、やみくもに「英語やんなきゃ!」と焦るのでなくて、そもそもどうして英語が必要なのか、英語で何をしたいのかを自分の中で明確化することが大切なんじゃないかなと思う。


パブリックセクターへの興味
もともとビジネスに興味があって、そうしたことに関連した活動をしたり、留学先ではビジネスの学部に入って勉強していたので、自分は当然の様に民間企業に入ってやってくものだと思っていた。けれどこうして海外をふらふらしていた期間に官庁や国際機関の方とお話させて頂く機会があって、国家単位で、より公共的なな視点で世界を見ている彼らが、素直にかっこ良いと思った。必ずしもその名前からイメージする様な華やかな仕事では無いのだろうなとは思う。けれど同時に、そっちに行かないと見えない景色があるのだろうなと。また上にも少し書いたように旅を通して国際関係に興味が出てきたのも理由の一つ。まだこれからのキャリアをどうしていこうかというのははっきりとしていないけれど、官と民。織り交ぜてこれから道を歩んでいけないかなと考え中。


おわりに
久しぶりに書いていたら、何だか思いが溢れてきていつの間にかいつもの倍以上の6000字を越えてた。つらつらと書いているので読みにくくて申し訳ありません。そしてここまで読んでくれた方、ありがとうございます。
1年半を経てのまた日本での生活、何だかまだ現実感がないけれど、こうして留学等の機会に恵まれて色々試行錯誤したことを忘れず、そして日常の中でも旅しているようなワクワク感を持ちながら過ごして行きたいと思います。とりま卒業までに日本国内大体周ってみたいなあ。チャリで。ちょうど海外の友人が沢山日本に留学来たりもするので、所属人種ごっちゃで100人くらいで富士山登ったら楽しそうだなーとか色々考え中。
何か面白そうなことあったら教えて下さいねー国内(あとアジアくらい)だったら基本どこでもかけつけますんで。


おーわり



宣伝
7/3、京大で今まで色々海外に出てきた経験に関して話をさせて頂きます。AIESEC京都大学委員会が主催している”海外フェア”というイベントで、色々な手段で海外に出た人が来てその経験を話すみたいです。僕みたいなふらふらしてる人と違って色々やってきた人が来て面白い話をしてくれると思うので是非。
facebookイベントページ : 海外フェア2013夏〜世界へ飛び出せ!〜
多分↑からリンク飛んだら詳細とか参加表明とか出来ると思うんですがもし興味あるけどうまくいかんって方がいましたらtwitter(@708_u)にリプ飛ばすとか←のメールフォームなんかから連絡ください。

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Sat.

英語が母国語じゃなくて良かった。

P1460066.jpg
London tower bridge, UK

「英語が母国語じゃなくて良かった」
なんてことをこの前イギリス人の友達と話しててふと思いました。

中学高校、そして大学に入ってからも英語の勉強に追われ(今も)、何度英語圏のネイティブとして生まれていたらと思ったことか。
英語の勉強は嫌いじゃなかったけど、莫大な時間と労力が必要なのは確か。そのコストに関しては今も懸念はあるけれど。

ウィーンに留学しているとヨーロッパの色々な所から人が集まってきていて、話してると「で、君は何語を話すの?」という話になる。とりま母国語と英語はデフォルトで、オーストリアはドイツ語圏なのでドイツ語を話す人も多い。結果として3ヶ国語や4ヶ国語話す人がごろごろいる。自分も日本語と英語と、あとドイツ語がまぁまぁだから3ヶ国語(実際は2.5くらい)と少し得意になってた時もあったけど、そういう人らと話してると、謙遜や嫌味で無く「3ヶ国語しか話せないよ」っていう返答になる。
で、そうした時にアメリカ、イギリス、ラリアなどの英語圏の人は「英語だけしか話せない」と肩身狭そう。ウィーンでも基本英語は通じるし、学生もみんな英語話すから生活するのに困ることはないんだろうけど、なんか残念だなと思う。

言語と文化というのは少なからず結びついてると僕は考えていて、そういう意味で英語やドイツ語という異国の言語を学ぶ過程で日本語という言語、日本という国について外から客観的に見つめ、再考させられる機会があった。言語の構造というのもあるけれど、それよりも例えば言語を勉強しに外国に行ってみたり、外国人と話してみたり。その中で、単に日本にいた時より日本について考えたり、日本人としてのアイデンティティを強く感じることが多くあった。

ドイツ語はともかく、世界共通語になっている英語に関しては、非英語圏の人皆がその重要性を認識し勉強している。英語が出来た方が良い職につけたり、というかそもそも英語が出来ないと職を得るのが大変という国も少なからず聞くし、インセンティブがある。一方で、英語が母国語の人は英語で大体何とかなってしまうので英語以外の言語を学ぶインセンティブが生まれにくい。彼らのほとんどは高校や大学で外国語を一つは学んではいるけれど、まぁ大学での第2外国語のことを考えてみたら分かるように、たかが知れてるレベル。

なんでこんな英語に時間や労力かけなあかんねん!とその習得にかかるコストに憤慨することは数多くあった。まぁ今もたまに(てか結構)思う。けれど振り返ってみると、英語の必要性への認識が、海外に行ってみたり、国際的な活動してみたりと貴重な機会に飛び込むきっかけになってたのは事実。その過程で自分の中の世界がどんどん広がっていった。英語圏ネイティブに生まれてたら、そういうことも無かったもしくは少なかったかもしれない。そう思うと、英語が母国語じゃなくて良かったなと思うのです。


まあ上で書いたように言語の習得というのは本当にコストが大きくて、その点英語圏ネイティブって得してるよなーと思うけれど、豊かな人生を送るって観点から見れば損してるのかもねと思う。

それに、世界共通語としての英語というのを考えればその話者は非ネイティブが圧倒的多数。だから僕達日本人もグローバル・イングリッシュの母国語話者とみなすこともできる。グローバル・イングリッシュにおいては必ずしも完璧な英語(表現やボキャブラリー等)である必要は無いから、そう考えると上で挙げたコストというのは思ってる以上には大きくないのかもしれない。


だから、英語圏に生まれなかったことを悔やむより、その分見識豊かなバイリンガル、トリリンガルになる潜在性が高いんだなくらいに考えたら良いのでないかと思う今日この頃。



おーわり


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Wed.

適度なナショナリズムをー領土問題を考える。

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先日ロシアに行ってきました。
最近(というか近年?)領土問題がよくニュースに上がるようになりました。
竹島、尖閣諸島。ロシアと日本も北方領土という領土問題を抱えています。

竹島や尖閣諸島、北方領土は日本のものでしょう、と特に疑いもせず自分は思ってきた。
けれど「なぜ?」とか、果たしてそれについてどれだけ知っているのかと言われるとかなり心もとない。日本のものなんだから日本のものだ、という堂々めぐりの考えしか持ってなかった。いやいやそれではあまりにも情けなさすぎるやろということで、せっかくロシアに行くのでちょっと本を読んでみた。1冊読んだだけで語れるわけないのは当然なんだけれど、それでも、1冊読んだだけでも、自分のあまりの無知さに気付かされたので読書メモの様な感じで、考えたことを書いてみる。別に自説を展開したいわけじゃないです。特に領土問題に関しては本当に色々な意見、視点があるだろうし、事実と後いくつかの説の紹介、その上で自分で考えたこと少し。僕もまだまだ勉強中なんですが。こういった問題は難しい、とっつきにくいというイメージが先行しがちだけど一人ひとりが少しでも知ろうとしてくことが大事なんじゃないかと思うので。

前置きが長くなりました。いってみよー!


日本の国境問題 尖閣・竹島・北方領土 (ちくま新書 905)日本の国境問題 尖閣・竹島・北方領土 (ちくま新書 905)
(2011/05/11)
孫崎 享

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元外務省国際情報局局長、孫崎享氏の本。
国がある領土の所有権を主張するということは少なからず何かしらの根拠をともなってるわけで。韓国なら韓国の、中国なら中国の主張がある。それを単純に「日本古来の領土だから」の一点張りで押し通すことは無理がある。小さい子供が「俺の、僕の」と言い合っているのと変わらない。ということで相手国側からの視点、他国での領土問題の発生と経過などが紹介されてます。まぁ詳しい内容は実際に読んでみてねってことなんだけど、何点か自分がびっくりしたことを書いてみます


1, 米国政府は竹島をどう認識しているか
米国には地名委員会(United States Board on Geographic Names, BGN) という、米国全体として世界の地理の命名に責任を持っている機関があります。ここでは世界の係争地がどの国に属するかも扱ってます。時には大統領も関与することもあるレベル。
さて、ここで竹島はどう認識されているか。ここでは竹島は韓国領ということになってます。2008年7月下旬に、先の地名委員会は一度、竹島を「韓国領」から「どの国にも属さない地域」に変更しました。即韓国では大問題になり、ブッシュ大統領の訪韓の際の議題として取り上げなくてはいけない状況に。1週間も経たないうちにライス国務長官も関わり韓国領に戻る。その間日本の官房長官は「アメリカの一機関にいちいち反応する必要は無い」と反応。けれど、大統領も関与しているものを「一機関」と切り捨てることができるのかどうか。また尖閣諸島に関しては地名委員会は日本領でなく中立の立場をとっています。


2, 米軍は尖閣・北方領土・竹島を守ってはくれない?
さて、日米の間にはご存知日米安全保障条約というものがあり、その第5条では「各締結国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。」との文言があります。
そのため、今は日中・日韓関係が雲行き良く無い感じになってますが、もしもの時はアメリカが守ってくれるやろ、という思いが日本人には何となくあるんでないかと思います。僕もそうでした。有事の時には米軍が動くのだろうと、ぼんやりと考えていた。
ただ、上に書いたように米国地名委員会では竹島は韓国領となっているため、竹島に関し有事の際米軍が日本側につくとは考えられない。
北方領土はどうか。実は第二次大戦で日本が敗戦した後受諾したポツダム宣言にて1945年8月14日、日本は「主権は本州、北海道、九州、四国と連合国側の決定する小島」に合意している。また昭和21年1月の連合国軍最高司令部訓令では日本の範囲に含まれる地域は「竹島、千島列島、歯舞諸島、色丹諸島等を除く」とされてる。また昭和26年8月17日の衆議院総会議で吉田茂総理は「日本の領土は4つの大きな島とこれに付属する小さな島に限られその他は放棄する」と明言。そして現在、北方領土は日本の施政下にはなく、ロシアの施政下になっている。安保条約は「日本の領土」を対象にしているのでなく「日本国の施政の下にある領域」。つまり北方領土に在日米軍は出ない。
最後に尖閣諸島。尖閣諸島は日本の施政下にある。よって安保条約の対象になる。けれどそれが米軍の軍事介入になるかは自明ではない。安保条約では「自国の憲法上の規定及び手続きに従って」と言ってはいるけれど、それは議会に軍事介入の承認を求めるように「努力する」のを約束してるレベルであって、「軍事介入する」という条約上の義務は負っていない。一方、北大西洋条約では同様の箇所が「必要と認める行動(兵力の使用を含む)を直ちにとる」としていて、そこには大きな隔たりがある。
つまり危なくなったらアメリカが助けてくれるだろうって思い込みは勘違いってこと。「尖閣諸島が安保条約の対象であること」と「米軍が尖閣諸島に軍事介入すること」はイコールではないと筆者は言う。
それに、そもそも最近は中国の軍事力が上がってきて、仮に米軍が軍事介入したところでどうなんかって話もある。(参考:中国軍が学習する怖さ 「質も量」整え…軍事的優越消えた自衛隊、米軍 )
まぁこのへんは詳しいわけではないのであまり踏み込まないでおきますが。


3, 領土問題勃発の裏にあるもの
1969年に中ソ国境紛争というものがありました。当時中国とソ連はともに社会主義国だったこともあり、比較的仲が良かった。しかし中ソの国境にあった、珍宝島という小さな島をめぐり中ソは対立する。この島は尖閣諸島等と違い特段資源があったりするわけでもなかった。双方が双方の侵攻を主張し発砲。死者は双方30数人だったそうだけど、数十万の軍隊が臨戦体勢に入り、一時は核戦争の勃発も危惧されていたとか。
どうして資源も無い小さな島をめぐりコストを割いて争ったか。単にその土地が古来から自国のものだから、というpatriotism(愛国心)によるものでなく、筆者によればそれは時の権力闘争と関係している可能性があるとのこと。当時国防部長であった林彪は権力の拡大を狙っており、紛争になれば国は軍部の活動に依存せざるを得ないのでそういう立場の人の権力が強くなる。結果としてこの事件をきっかけに林彪は対立グループを追放し、権力は拡大した。領土問題はナショナリズムを高揚させやすく、しばしば指導者が自国民の人気を得たい時に利用されることもあるという。たしかに内の人気を得るために怒りを外に向けるのは簡単で、かつ一定の効果があるのだろう。奇しくも現在、日中韓のリーダーは皆顔ぶれが新しい。
自分も、こうして領土問題に目を向ける前は、何となくニュースを見聞きして、特に根拠や違う視点も考えず「ここは日本のものだ」とナショナリズムを燃やしていた(別に何もしてないけど)節がある。

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基本的にpatrioticな人は好き。だって自分の国なんだから。本当に自分の国が好きで、自分の国のことを嬉しそうに話すのは楽しい。 自分も結構「日本なんて..」と思いはずっとあって、海外に色々出てみて改めて自国について考え日本がより好きになったし、誇りも抱くようになった。 国民のナショナリズム、祖国への誇りという要素は国が成長していくにあたって非常に大事だと思う。つい先月亡くなったサッチャーも、首相になった時にイギリス病克服のためまず取り組んだのは、自虐的な内容になっていた教科書を改訂し子供たちに祖国への誇り、ナショナリズムを植え付けることだったとか。

ただ、このナショナリズムを間違って捉えない様に気をつけないと行けないと思う。特に領土問題というのは、先にも書いたように簡単にナショナリズムを高揚させやすい。根拠にもとづいて意見を主張するのは健全なことだけれど、ただニュースや短絡的な話に流されて無駄にアツくなるのが少し違う。そこからは建設的なものは生まれてこない。
例えば北方領土に関して言えば、対日戦への参戦への見返りに北方領土の領有をソ連に約束したヤルタ協定に反し、日ソの接近を恐れた米国が幾度か日本に北方領土の領有を主張するよう誘導し、世論が沸騰したという説もある(孫崎, 2011)。外付けのナショナリズムに振り回されちゃいけないと思う。領土問題は大切なissueであるけれど、国と国の間にある様々なissueの内の一つ。一つの問題で国と国の関係を台無しにすべきでない。

オーストラリアに留学していた時代に、仲の良い韓国人の友達がいた。仲の良い彼らとでさえ、領土問題等のsensitiveな話をすると、やや気まずい雰囲気になった。それは相手にも相手の視点・意見があることを理解せず自分の意見が正しいと疑わず頑として主張していたからだと思う。より広い視野を持って、建設的な議論をしていかなくては。

領土問題は大きな問題だし僕らがアクセスできない情報というのも沢山あるだろうから、全体像を掴むのは本当に難しい。けれど、流れてくるニュースを受け身で受けて思考停止に陥るんじゃなくて、記事を何個か読んでみるとか、本を1冊読んでみるとか。もう少しだけ、能動的に知ろうとしてみる。そうしたことで、きっと視野というのは広くなっていく。そして、そうしたことを一人ひとりがしていくことがすごく大切なのでないだろうか。自省の意味もこめて。



おわり
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08:26 | タワゴト | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑
Fri.

留学中の日本人との付き合い方。

Conversation


これって、結構留学行く人は一度は悩むトピックなんじゃないかなと思います。
僕も留学生活を通し、何度も考えました。
1年強の海外生活を通して、現時点で答えるとすれば
「好きにしたら良いと思う。けれど日本人と関わるのも悪くないよ」
となります。
悪くない、って言うとすごい上から目線な感じがしますが、そういうことでなくて、別に自分を特別責めなくちゃいけないことではないってこと。

僕もオーストラリアに留学してた初めの頃は、日本人を避けようとしてました。海外に来て、視野広げるために来てるんだから外国人と話すんだ、話さなきゃ、と。でも話してみると、海外に来ている日本人は面白い人が多い。やっぱり何かしらの強い思いを持って来ているし、自分の考えをや視点を持っている人が多い。勿論みんなとは言わないけれど、日本にいた時よりも格段に面白い人に出会える確率は高いし、その面白さの幅も広いことが多い。視野を広げようと思い「日本人だから」という理由だけで避けようとしていた自分は、逆に視野が狭かったなと思った。それってすごく勿体無いなと思った。そう思ってからは、日本人の人たちともっと自然体で接するようになった。文化や背景を多く共有している同じ国の人同士というのはやっぱり仲良くなるのが簡単。自分はどこまでいっても日本人なわけだし、活かせるものは活かすべきだなと僕は思った。

アフリカ・ブルキナファソにいた時は、現地のJICAにコンタクトをとって、そこからつないでもらった青年海外協力隊の方々と仲良くなり、現場に連れてってもらったり、普通に遊んだり、本当に楽しい時間を過ごさせてもらった。
オーストラリアにいた頃は色々なチャネルにいる日本人と仲良くなって、それをみんあごっちゃにしてパーティーを開いたり。後は日本人会のテニス部に行って日系企業の駐在員の方とダブルス組んでみたり。
この前はウィーンの日本人会の遠足に参加してきました。官庁の方、国際機関に出向してる方や大企業の海外支店長の方。またウィーンから日本へワインを輸出されてる方などが来られていて、日本だったら中々会う機会の無い様な方々と近くでお話する機会があった。肩書きがどうだから、というのを抜きにしてユニークな生き方をしている方が多く、人間として素敵な人ばかりで、人生や進路に対する考えに大いに刺激をもらいました。

こう振り返ってみて、海外生活を通し、現地で様々な面白い日本人の人達と出会い、つながりを持ってきた気がする。色々な人生のサンプルに触れるのは自分の視野を広げてくれる。
海外にいるとその地の日本人の数は圧倒的に少ないし、日本で初めて会う場合より仲良くなるのが早い。そこを捨ててしまうのは勿体無いと思う。


でもつながりを持つことと、ずっと一緒にいることはまた別だと思う。
今まで書いてきたこととやや矛盾する印象を与えてしまうかもしれないけれど、特に1年以内の留学等の海外生活であれば、いつも日本人の人と一緒にいるというのは、それはそれで勿体無いと思う。そうしてしまうと中々周りの人が近寄りがたくなってしまうということもある。
つながりを持ちつつ、適度な距離感を持つこと。
学生の間の海外経験であれば、これが良いんでないかなと現地点では思ってる。


以前に、高校からアメリカの高校に編入し、そこからアメリカの大学に進学した日本人の子と話してたことがあります。その子は、高校時代、日本人との関わりを一切断ったと言っていた。英語力の向上のためというのもあるけれど、日本人で固まってるという印象を与えるとアメリカ人の友達が中々出来にくいからとのこと。だから同じ留学してる日本人は避けていたし、一度日本人の家庭に招待された時も、本当はすごく行きたくても、行かなかった。一度行ってしまうとそこに自分が甘えてしまう気がして。結果現地の友達が沢山出来、充実した高校生活を送れたと言う。その後大学に進み、彼女は逞しく生きている。
自分は前述の通り、日本人との関わりを断つことでのコストとリターンを比較し、つながりを保つと言う選択をしたけれど、こうも徹底していた彼女を本当にすごいと思うし、こうしたスタイルもありだなと思う。
まあ要は目的次第なんですね。

そう意味で、「好きにしたら良いと思う。けれど日本人と関わるのも悪くないよ」
と、現在日本食ブームに盛り上がるロシアにてえせ寿司を食べながら。
あぁ..本物の寿司とか牛丼肉じゃがとか食べたい。

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