Mon.

オヤジになりたくない

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秋真っ盛り。南禅寺近く、インクラインにて。


最近は学祭だとか団体の企画だとかが立て続けにあって、やっと一息と言う感じなので最近感じることを2つくらい書いてみます

1, オヤジになりたくない

謙虚な気持ちで学び続けるのって大事ですよね、ってこと。
すごくありきたりだけれど、最近すごく思う。
特に後輩から学ぶ、ということについて。

大げさかもしれないけれど、大学も4年になって1年の時に比べれば色々な経験をしてみると結構保守的、というか後輩の発言に対して無意識のうちのも上から目線になっている自分がいる気がする。後輩の活動を見聞きしている時に、無意識のうちに「それでうまくいくのか。。」という思いを抱いたりすることがある。勿論建設的な批判は良いとして、自分が今までしてきたことを過度に美化して言ってしまっていることもある 。恥ずかしいけれど、自分がしてないことをしている、ということへの悔しさもあるのかもしれない。

思えば、英語で話すと驚くほど年齢を意識しないのに、それが日本語における先輩・後輩になった瞬間に急に年齢への意識が出てきて、相手の立ち位置(年齢やバックグラウンド等)を聞いた上で、その立場にあったトークをしようとしている自分がいる。先輩からは学ぶ・後輩へは伝える、といった風に。
正直そういう構図で話をするのはラク。先輩からは伝えられるもの、自分は受け手と思えば言っている内容を大して吟味せずとも正しいとすれば考えなくていいから。つまり思考停止。年齢が近い人であればそれほど多くないかもしれないけれど、大先輩・例えば講演会の様な場で話を聞くときなんかはよくある。言っていることが全て正しい様に聞こえてしまったりするから。勿論素直に受け止めることは大事だけれど、受け売りになって思考停止になるのには気をつけないといけないなと思う。

逆に後輩と話すときも、斜に構えたり、アドバイスしようと意気込むんでなくてフラットに学ぼうという姿勢を持たないとなと。自分の意見を述べることよりも、人に意見のあら探しをして口出しをすることのほうがよっぽど簡単だから。人の批判をすると自分がその人よりも優秀であるかのような錯覚に陥るけれど、結局その批判は何も生み出していないことも多い。そういう姿勢で学びの対象を狭めてしまうのは非常に勿体無い。それを痛感させてくれたのは2年の時に一緒に活動した後輩。 最近インドの現地企業で2ヶ月法人営業をして帰ってきた後輩も刺激をくれた。まぁ絶賛しすぎるのはそれはそれで思考停止だけど。

オヤジになりたくないな、と思う。
抽象的な言葉だけれど、自分のやってきたことを振り返って語るだけじゃなくて、まだまだ前向いて突っ走って、失敗する人でありたい。先達に比べれば自分なんてまだミジンコ、いやミドリムシみたいなもんなんだから(あぁでも最近のミドリムシはすごい)。最近ホリエモンが出した本にも似たようなことが書いてありました。『ゼロ』、おすすめです。



2, be simple

「明日締め切りのレポートが..」とか「明日やらなきゃいけない作業が..」とか。自分もよく言ってしまうのだけれど、実際やることは具体的に何なのか、蓋をあけてみると、案外大したことなかったりすることって多い。今までの知識を組み合わせて1時間もかからず書けるものだったり、作業と言っても10分15分で終わるものだったり。そうして振り返ってみると「やらなくては..」と気持ちが必要以上にネガティブになってたり生産性が落ちていたりする。実際のコストはそれほど大きくないのに、始める前の、感じる必要の無い精神的コストが生まれてしまっているのはとても勿体無い。
あと最近思うのは、自分が何か責任者的な立場で活動に取り組む際、ムダに何かを背負おうとしないようにしようということ。勿論責任者的な立場になれば仕事は増えるし面倒なことも多い。けれど、案外周りに共有したら手を貸してくれたり、上に書いたように思ったより大したことなかったり。むしろ責任や負担が増えたことに対しグチったり大変大変と言ってる方がストレスがたまる。そんなやらなくていいことも、やることリストに入れて焦りを感じるのも無駄。やらなくてはいけないけれど、それが今ではないものはとりあえず頭の中からアーカイブ。今やるべきことは、やる。やらなくていいことは頭からはずす。そこはある意味機械的にというか、感情をはさまないほうがうまくいくことが多い。代表とか何かの長、ということへの責任感は本当に大切で、往々にして「長だし頑張らないと..」という感情は生まれやすいけれど、そこに負担を感じ過ぎると善意の押し売りになりかねない。そして「私は頑張ってるのになぜみんなやってくれないの..」というひとりよがりに陥る(そういう態度が同情を生むことはあるけれど..)。しかもそういう時に限って、冷静に分析してみるとタスクを処理する以上に愚痴っていたり、何もしていない時間が多かったり。それだったら、具体的にその企画なり活動なりが成功するために必要なことは何かリストアップして、それを粛々と実行してく。 やることは無限にあるように思えても基本的には定量化できるはずだから。そして必要ならピンポイントで周りの人にお願いする。その企画の成功のために必要なことは全てするべきだけれど、別に自分に与えられている全ての時間を余すこと無くそれに費やす必要はないわけで。それは別に手を抜くという意味ではなく、それに費やす単位時間には精神的にも物理的にも全力を注ぐ。でもその企画の活動期間ないし活動期間ないしずっと(1日中なり、1年間なり)時間を使わなければいけないわけではないということ。一つのことを始めると他のことは目に入らなくなる、というのもいいけれど同時期に複数のことに全力を注ぐのも可能だと思うので。勿論、そういう、複数のことに全力を注げるとう前提のもと一つのことに全てを注ぐ、という判断は妥当だと思う。うーん、なんだか分かりにくくなってしまったかも..
まぁbe simple、無駄に感情的になってストレスを感じるのはやめた方がいいのでは、ということ。


おーわり



ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していくゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく
(2013/11/01)
堀江 貴文

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19:03 | タワゴト | comments (1) | trackbacks (0) | edit | page top↑
「起業」、大それて考えないこと。-IVSに行ってきた | top | 近況報告やらなんやら

Comments

# 長として周りを動かすには・・・
読みました。
最近は長やってることで周りとの温度差を感じてて悩んでいて、参考になりました。
ただ、単にストレスが負担なのではなく、周りを動かすこと自体が大変で。自分の気持ちの切り替えだけでは解決しないことなので、良かったらお話を聞いてほしいです!


ちなみに僕は英語などでタメ語を使う方が断然楽に感じます。敬語を使うとどうしても先輩に頼ってしまったり、意見言いにくくなったり、逆に後輩んには偉そうに物言ったり意見吸い上げにくくなってしまったりするので。
by: きっかわ | 2013/11/27 02:03 | URL [編集] | page top↑

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