Wed.

たまには弱音を吐いてみる

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ことも大事だと友人に言われた。
基本的にネガティブめな感情を持っても外に出すのは嫌い。口に出すことでそれが加速してしまう気がするし、自分にも周りにもプラスの効果が生まれる気がしないから。
ということで振り返ればfacebookにあるのは遊び呆けてる写真ばっかだし、ブログも割と内容が強気?と言われるのだけど、たまには泣きたくなる時もある。留学ってキラキラしたイメージが多いけど、異国に住んで暮らすっての大変なことが多い。てか大変なことばっかなのでないかむしろ。笑 自分が常識と思ってたことがそうで無かったりするから。まぁたまには、ってことで落ち込む時をつらつらと書いてみよう


1, 自分の素を出せてないなぁと感じるとき。
まぁそもそも自分の素ってなんなんじゃいって話なのだけど、外国人と話している時、「あぁ日本人と話す時ならこういう態度で、こういう話ができるのになー」と感じる時がある。結構ある。言語はの問題というより、自分の姿勢の問題な気がする。文化等の背景を共有してないから日本人とできる様な話が出来ないってのはある意味当然なのかもしれないけれど、言いたいと思ってることが言えないのはもどかしい。なんだろうな、この状況でこれを言うのは適切なのか?とか考えてて言わずじまいだったりすることが。いや別にそんな厳密に考えて話してるわけじゃないんだけど、この話や話題を出して相手に響くんか?とかはよく思う。突き詰めると国際交流って難しいなと。そんな自分がもどかしくて嫌になることがたまに。

2, Asianに対する蔑視を感じるとき。
蔑視と言ったら大げさだけど、アジア人に対する色眼鏡は割とある。と思う。
クスクス笑われたり、すれ違いざまに何か言われたり(大抵は酔ってる変な人)。どこの国に行っても頭の悪い人はいるしそんなんは全く気にならないんだけど、学生の中でもアジア人と話すのは興味ないわみたいな人はたまにいたりして、それは悲しいなと思う。自分がsensitiveになってるのかもしれないけれど、悪気は無くても何だか上から目線の白人はたまにいる。そういう人とは話してても中々仲良くなれない。まぁなる必要もないのだろうけど。けどなんだか悔しいなとは思う。

3, 自分は留学に来て何してるんだろと思うとき。
これが一番大きいかなと思う。留学と一言に言ってもその目的・過ごし方は十人十色で、正解というものは無い。自分独自の目的をきちんと持って、それと照らしあわせて自己評価して過ごしていけば良い。と、頭では分かっていても、なんだかもやもやしてる時に例えばfacebookをぼーっと見てて、他の留学してる友達が充実した経験をしてるのを見て(必ずしも楽しいことというわけでなく、苦労も含め)、ああ自分は何してるんだろと思う時はある。同じく日本で充実した時間を過ごしている友人を見てもそう。留学に来て本当に良かったと思うし、色々な経験ができたなと思うのだけれど、こっちに来ているということは、同時に日本での時間を失っているというのも事実。 時間は限られてるわけで、いま自分のしてることは正しいのか?とか理想通りの時間配分をできているのか?とか、そもそも本来の目的は何だったんだろう、等々。
他の留学仲間も呟いてたりしてたのだけれど、留学って何か「楽しまなきゃ」プレッシャーがすごいと思う。これは主に内から来るもの。前述の様に留学ってキラキラしたイメージがあるから。いつも「こうあるべき」というものに縛られている自分がいて、でもそれよりもまず自分が「どうありたいか」を考えることが大切なのだろう。だいぶ自分の軸がしっかりできてきたかなとか思ってたのに、まだ周りに流され焦る自分がいるのに気づいて、情けなくなって泣きそうになる時がある。

4, party文化にどうも馴染めないなと感じるとき。
これは結構どうでも良いのだけれど。笑
ドイツ人に「お前ビール飲み過ぎやろ」って言われることもしばしばで、 飲むのは大好き。ということでバー行こうみたいになったらひょいひょいついてくし、楽しんでる。だけどこっちはpartyと言うとすぐみんなクラブ(ディスコ)に行きたがる。それがどうもあまり好きじゃない。音楽もそんな知らんし、いやつうか踊るんとか無理やでーみたいな。まぁ郷に入りては郷に従えということで慣れては来て1,2時間は楽しめるけど、夜通し6時間とか踊るのは自分にとってはdoesn’t make senseでお金と時間の浪費にしか感じない。全く持って生産性を感じない。笑 いやこれは個人の考え方なのでじゃあ行かなきゃいいじゃんという話なんだけど、なんかこっちの人は「お前もかーい」といちいちツッコミたくなるくらいみんなこぞってクラブが好きで行きたがるので、その点なんだか馴染めんなあとうーんと思うことがしばしば。

5, 授業で思う様に発言できないとき。
言語に対してある程度自信がついてから発言することには抵抗が無くなってきたけれど、「うーんこれって言う価値あるのかなぁ」と戸惑って言わずじまい、ということがたまにある。価値の無い発言をしてもどうかと思うけど、せっかく言語面での抵抗が無くなってきたのだからも少し言いたいことスムーズに言えるようにしたいなと思う。



こんなところでしょうか。
うーむ書いてみたもののやっぱ自己満やなぁ。笑
ま、楽しいことばっかじゃなくて結構悩むこともあるよ!ってことで。基本楽しいけどね
もうこっちの生活も残り1ヶ月ちょっとになってきてしまったので、1日1日をありがたく思って生きとります


おわり
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19:58 | study abroad_Vienna | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑
Sat.

自信過剰って案外大事かも。

Confidence


「自信過剰」というとネガティブなイメージが強いけれど、場合によっては案外大事かもって最近思う。

いまウィーン大学でInternational Strategyという、多国籍企業の海外戦略を取り上げてそれを分析する授業をとってます。教授は元々働いていた経験があり、現在も個人的にコンサルティングをしているらしいので話にリアリティがあって面白い。またYaleで教えてたりしたせいかinteractiveな授業形態を好み、一人ひとりにネームプレートが配られ、教授に名指しされることもあるし、とにかく積極的な発言を求められる。ディスカッションも度々。

生徒は50人くらいいて色々な国の人がいるけれど、アジア人は自分と中国人の子が一人いるのみ。オーストリア人と、ドイツ・東欧からの人が割と多いかな。
授業は英語で、またMasterの授業なので難易度は高めと思う。

1年前の自分だったら、同じ場所で同じ授業を受けてたら、周りに圧倒されるばかりで萎縮してしまって、発言なんてほとんど出来なかったんじゃないかなと思う。
けど今は割と出来てる。ディスカッションも参加できるし、議論をリードすることもある。自分はまだBachelor(学士)だし、そもそも農学部なのでBusinessの学問的予備知識もあまり無いけれど、そんなに引け目は感じない。

一番の理由は、オーストラリアに留学して英語力にある程度自信がついたからかなと思う。
日本にいた頃は「留学生=英語ペラペラ」というイメージで「留学生すげー」と圧倒されることばかりだった。けれど、よくよく聞いてみると別にそんなにみんな上手いわけじゃない。ヨーロッパの言語はなんだかんだで近かったりするから欧米人は流暢な人は多いけれど、アジア人は日本人と同じように英語にコンプレックスを持ってる人は案外多い(ペラい人も沢山いるけど)。オーストラリアにいて、1学期間だけだったけど、英語で生活し、毎日英語の講義を聞いてレポート書いてテストも受けて単位もとって、というのを経て、ぼんやりした、けれど割と確かな自信が自分の中についた気がする。僕は純ジャパだけど、特にspeakingに関しては、最近は英語が母国語じゃない人と話す時はまぁ基本的に自分の方が出来るでしょって思ってる(もちろん自分より上手い人も沢山いるんだけど)。
そうした過剰な自信がついてから、議論とかする時でも、相手の主張を受け止めるだけじゃなくて自分の意見も言う、そして場合によっては相手の意見に反論することも、少しずつ出来るようになってきた。

先に挙げた授業の例もそう。
特にここはドイツ語圏で英語が母国語の人はいないから、言語面では引け目を感じない。
教授に自分の発言を聞き直されても、「なんであんた理解出来ないのちゃんと話してんのに?」と思うことのが多い(心臓はバクバクするけど)。
そうして落ち着いて見ていると、当然だけどみんながみんなめちゃ賢いわけじゃないし、発言はしてても大したこと言ってない人も多いなと気づいた。欧米人とは言えディスカッションする時も恥ずかしがって発言しない人も当然いる。

自分が1,2年の時に、あまり授業で発言出来なかったり留学生との議論に参加できなかったり、というのは英語力に加え(日本人的?)メンタリティの問題が大きいのかなと思ってたけれど、自分の場合、結局一番は言語だったんかなあとも思ったり。
例えばHarvardの頭キレキレで日本語もペラい友達と話してる時、英語だったらなんか全然反論出来ないんだけど日本語で話してる時は出来る。それは多分、向こうは(いくらペラいと言えど)自分より圧倒的に日本語が出来ないという意識が無意識のうちにあるから。同じ理屈で、自信過剰になっててそういう意識を英語を話す時にも持ってると議論をしやすいのかも。その上でのメンタリティなのかなと。

そういう論理でいくと英語が母国語の人と話す時は圧倒的に自分の言いたいことが言えないってことになっちゃうんですが(笑) でも実際はそういうわけでもない(と思いたい)。
わかんない表現が出てきたってそれは別に自分が悪いわけじゃないし、むしろ聞き直したら良い。ある程度は話せる、という思いがあるから一方的にコンプレックスを感じることはない。別に英語に自信持つためには必ずしも完璧な英語力(文法・単語等)が必要ということでなくて、ある程度出来るようになったら自信持っちゃったらいいんだと思う。その自信というのは常に「英語出来るぜ!」ってドヤ顔するような自信じゃなくて、もっと静かなもの。日本は完璧主義な人が多いからすごく出来てるのにコンプレックス持ってる人がいて、勿体無いなと思う。完璧を追求するのは大切と思うけど、完璧にならないと自信を持てないってことはない。完璧を追求する道の過程で、自分の歩んできた道に静かな自信を持ってればいいんじゃないかなと。

別にみんなが、英語力が向上して議論が出来るようになった、というわけでは無いと思う。
英語が流暢で無くとも自分の意見をしっかりと主張し議論している人はいる。
英語というツールが使えても話す内容が無ければ仕方ないし。
でも自分の場合は、英語力の向上が、少なくとも議論の入口に立てた大きなファクターだったなと思う。その上で、実のあることを言わんとなあとかもっと知識・知恵・教養を持たんとなあと思う。授業でも、ただ発言するだけじゃなくて、他の人をアッと言わせるような鋭い発言をしたいなあと思う。

発言は沢山するけれど別に内容が無かったら、究極的にはそれは授業の様に他の人も沢山いる場においては他の人の時間をも浪費してるだけでむしろ邪魔だろうなと思う。けれど、まぁまだ20歳そこらの学生なんだし間違えは当然するし、常に鋭い発言するのは難しいから、それならある程度数撃ちゃ当たるくらいの気持ちで自信もって発言してそこで恥かいたりしてブラッシュアップしてったらいいんじゃないかなとも思う。
同時に、英語が話せるだけの言語野郎になんないように中身も磨いてかなきゃなと。

まぁ英語に関しても雰囲気だけは流暢に話せててもボキャ貧だったりWritingは壊滅的だったりで課題は山積みなんですけどね。


.....
ふぅ。
ここまで書いてみて振り返ってみて、語尾が「思う」ばっかの時点で過剰と言いつつまだ自信が十分なわけじゃないかな(と、思う)。


もっと頑張ろ!


おーわり
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19:35 | study abroad_Vienna | comments (2) | trackbacks (0) | edit | page top↑
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