Thu.

香港に行ってきた

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Victoria Peakの頂上より香港を一望

あけましておめでとうございます。

ちょっと時間が経ってしまいましたが、先日香港に行って参りました。
その時のことをば。

- 香港に関して思ったこと
香港に行って思ったのは、「ここなら働ける!」ということ。
ご飯も美味しいし、天気も悪くない(ずっと暑いわけでもない)、英語も基本的には通じる(タクシーは通じないこと多いけど)。日本だって近いし、何と言っても税金が安い。日本では所得税が45%程度までいってしまうのに対し、香港は15%程度。コチラによれば年収1000万円だと手取りで200万円の差が出るそうで。ヒョ− 中国本土の富豪がこぞって香港に移住してるみたいです。そうやって金がないと中々VISAがとれないらしい。
税金なんて余り考えたことも無かったけど、この前自分の人生ってどの程度金が入ってきて出て行くんだろうとエクセルでカタカタシミュレーションしてて、いやはや税金てバカにならんなと思う今日この頃。

一方で日本みたいに健康保険や雇用保険が整っているわけではないし、リストラのリスクもある。加えて家賃がめっさ高いそうで。香港の大学生の友達はみんな一人暮らしできる余裕はなく、実家から通ってた。
いやしかし。東京並、もしくはそれ以上に高層ビルが立ち並び、今なおそれが増えている香港は成長の息吹をぷんぷん感じ、いや一度はこの環境で働いてみたいなぁ、とぼんやりと思いました。コチラによれば1.3億円くらいの投資をすればビザはとれるみたい。うむ、がんばれ将来の自分。


- 大学生活でもっとも影響を受けた友人との再会
僕には大学生活の中で、自分の生き方に関して最も影響を受けた友人が2人います。
そのうちの1人と、香港にて再会しました。
彼女は中国で生まれ、北米の大学に通い、現在は香港にある外資系企業にて働いている中国人。何といっても、エネルギーがすごい。高校までは中国で過ごし、学部ではカナダの大学。彼女は学部時代、京都で1年交換留学し、カナダの政府で1年間インターン(フルタイム)をしていた。日本との大学制度からの違いから単位の互換も難しく、また政府でのインターンは3ヶ月やっただけでもほとんどの人が1年間留年するという中、通常の人の1.5倍くらいの授業をとって留年せず正規の4年間で卒業。彼女の行っていた大学ではただでさえ成績評価が厳しく、平均GPAが1.9(4が最高)と言われる環境で、GPAは3.8という高成績で卒業。その後アメリカの、経済学では世界トップとも言われる大学院に合格をもらいながらも、本当の意味で学びを得たいと、少しマイナーな小さい大学へ(そこも業界内では名高い)。毎日3時間睡眠で滅茶苦茶勉強し、今は縁があって香港にやってきたそう。

自分も1年半日本を離れ、その間単位をほぼとれなかったけれど就活もなんとかして4年で卒業するわけで、結構intenseに走ったなぁと思ったりするけど彼女と話をしているとまだまだだ頑張れるなと、気が引き締まる。彼女は本当に、自由に飛び回ってやりたいことをやっている。Impossibleというのとreally hard/nobody didというのは違う、とやりたいことをぐいぐいやっている。
彼女の家庭が金銭的に恵まれているというのは事実。くっそ高いUSの学費をサポートしてくれることも。けれど、そこからどうするかは自分次第。金銭的に恵まれた家庭に生まれたのも運命。彼女は明らかに自分で道を切り開いていってる。
「それが将来的には最短の経路には見えなくたって、今本当にやりたかったらやるべき。それをやることで飢えることは基本ないだろうし、その分後で必死で頑張ったらいいんだ」と。

個人的な話をすれば、例えば自分は(駐在員というよりは)現地採用でヨーロッパで働きたいという漠然とした思いがある。海外に出てみて日本の大学の学位(特にbachelor)だけでも通用しないなとひしひしと感じていて、だからこそMBAといったglobally approvedな資格が欲しいと思ってるけれど、最近はVISAとるのもきつそうだし,, と思ってなんとなく弱気になっていた節がある。それでもしがみついて必死にやれば道は開ける、道が険しくなってもその分必死で頑張ったらいい。そんなことを自然と思えた1日だった。

彼女ともう一度会えて話が出来ただけでも、香港に行ってよかった。
頻繁に会えるわけではないし、これからは数年に一度、それも数時間ずつとかかもしれない。けれども、自分の人生に大きな影響を及ぼしてくれている大切な友人の1人。
人生の豊かさってのは、こう影響を受け尊敬できる友人にどれだけ出会って話を出来るかなんじゃないかなと思う。



......

そんな感じで!
今年はいよいよ社会人になるけれど、引き続きこのブログは続けたいなと思っています。
サイトリニューアルしたいと思ってるのでアドレスは変わる可能性はあるのですが。

今年もいろいろ逆風もあるかもしれませんが、頑張ってこうと思います
どうぞよろしくお願いします。

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Thu.

「起業」、大それて考えないこと。-IVSに行ってきた

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秋も終わりかけ..

IVS(Infinity Ventures Summit)という、色々なベンチャー(ITが多かった)起業家の方々が京都に来て講演をしてくれるイベントがあったので行ってきました。ゲストが豪華だった。こんな感じ


別に自分は今すぐ起業しよう!yeahってノリではないけど、
1) こうして事業をしていて、いわゆる「成功してる」と言われている起業家の方々は、どういうプロセスで今取り組んでることをやろうという想いに至ったのか
2) 何が最終目標なのか
の2点が気になってて参加した。

背景としては
将来ぼんやりと、自分で何かしたいなあという想いはあるけれど、具体的に何がしたいとかどういう分野でってのは現時点で特に無い。考えてないわけじゃないんだけれども。20歳そこらなのにわからんやろ!という言い訳をしつつ、でも30歳くらいまでには決めないと使われるだけで終わってしまうなあなんて思ってる今日この頃。そういうわけで1点目。
2点目は、自分はどこへ行きたいんだろう、ということをぼんやりと考えることが多いから。良い高校に入って、良い大学に入って、良い会社に入って..。そういう道を歩んだとすると、なんだか上に上に行ってる様な感覚はあるけど、じゃあ自分はどこへ行きたいんだろうと。
目標地点に達すれば更にレベルの高い人がじゃうじゃいて、また別の選択肢も見えてきて、劣等感。そこでもがいて次にいったらその繰り返し。僕が2ヶ月過ごしたブルキナファソ(西アフリカ)の大学生は、テキトーにだらだらして会社入って、そんなに給料はもらえないけどまぁそれなりに結婚して子供生まれて、家庭をつくって。海を越えることなどなくグローバル人材なにそれおいしいのという感じで年をとっていく。彼らはテンプレの様に「僕らの国は貧しい、不幸だ」と繰り返すけれど、それなりに家族と過ごす時間も多くて、そこまでハードには働かずそれなりに好きなこともして。彼らと自分、一体どっちが幸せなんだろ。選択肢を持つことが果たして幸せなのか。とかまぁ言い出したら限りが無いのでこの辺にするとして、まぁ自分はどこへ行きたいのかなぁと言う思いはよく抱いてたのが背景。


さて、長くなったけれど、そういう想いを持ってイベントに参加してみての感想をば。

1) 大それて考えない
なんでその事業をしているのか、ということに関してまず感じたのは、まぁはじめからそんなに大それたことをやろうと意気込まなくていいのかなということ。nanapiのけんすうさんは「何をやるかはどうでも良かった、どうせ基本的に失敗するんだから。それより誰とやるのか、あと失敗しても次回に活かせる様な方法かどうか」と。シリコンバレーで起業した柴田さんは、話を聞いたシリコンバレーの起業家は皆口をそろえて「大それて考えるな。自分の身近で困ってることを自分の技術で解決せよ」と言われたそう。
うーん、なるほど。たしかにfacebookもそう。
ライフネット生命の岩瀬さんは、流れに流されてる感じ、と。元から保険に超熱意があったわけじゃないけど、たまたま聞いたビジネス案が面白くて、これだ!となって今に至るそう。勿論早い段階で「これだ!」と思えるがあったらいいけれど、まぁまずは目の前のこと精一杯やって、これからの流れの中で出会えるもんなのかなと思った。パズドラで有名なガンホーの孫泰蔵さん(ソフバン孫正義さんの弟)いわく、「やりたいことができたら寝る間を惜しんででもやりたくなる」らしい。それを見つけられる様に色々なことに手を出す、また準備を整えとくのは大事、ということでアンテナ張りつつ目の前のことに取り組んでこうと思う。

2) 幸せはやっぱ定義するしか
何が幸せなんだろう。自分はどこへ行きたいんだろう。勿論人によって違う、とは思ってはいたけれどどこかのポイントで「はい!」って答えが降ってくる様な幻想を抱いてた様な気がする。GMO熊谷さんの言うようにやっぱ自分で考えて定義するしかないのかなと。もしかしたらその仮説は違うかもしれないし、そしたらまた修正してくことが必要。でもどっちにしろ、人に決められるものじゃないし自分で決めるもの。自分の場合はなんだろう、と考えてみると「人と違うことがしたい」というのが一番根底にある気がする。


その他に思ったことが3つくらいあった。

1) 良い意味で、「フツー」
起業家、成功したベンチャーの取締役、と言うとオーラバリバリのすごい人、というイメージを持ってたけど良い意味で、結構「フツー」なんだなと思った。勿論すごいんだけれど、何か特殊能力を持ったスーパーマンというわけじゃない。等身大というかなんというか。nanapiのけんすうさんとが特に面白かった。彼は起業してるけれど、「一度きりの人生、安定して暮らしたい!」という思いが根底にあるそう。まずは大企業に入ってみた。以下の写真の理由から、「大企業って、最高だよね!」と思ったし今も思ってるそう。笑 けれど成長感がなくて、変化に適応しないと安定した生活できない→じゃあ起業しようか、と。話してる雰囲気もやわらかな感じだったし、話を聞いてると自分もできそう、、と思えてくる。岩瀬さんもHBS留学時代に楽天三木谷さんに会った時、「天に微笑まれている部分も勿論あるけれど、地道な努力をかなり重ねてらっしゃる」と感じ、改めて尊敬するとともに、自分もできるのでは、と思えたと言っていた。そういう、ある意味ポジティブな勘違いって結構大事なのかも。
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2) 一人より二人で
もともと、何かを始めるならまずは自分でやれるところまでやってみて、それから人、と思ってた。けれどシリコンバレーだと、「一人でやるな」と口を酸っぱく言われるらしい。一人の天才にはまず投資をしてくれないそう。やはり事業というのは継続してなんぼだし、一人だとその人が体調崩したり死んだりしたらその時点で終わりだから。あと一人でやるというのは本当に辛くて、一人より二人の方が楽しいでしょ、とも。そのパートナー選びに関しては、まぁうまくやろうと思ったら求める能力に合致する人を探してきてくものなのかと思ってたけど、案外友達と、と言ってる方が多くて驚いた。伊佐山さんいわく「後ろから刺されても、こいつだったら仕方ないかと許せる人」だとか(笑) ただその場合でも、多様性が無くなった時点で組織はダメになるから「同じクラスでこいつとは絶対話さないだろ、みたいな人」(柴田さん)を入れるのも大事らしいけれど。

3) ワークライフ・インテグレーション
ワーク・ライフ・バランスよりも、ワークライフ・インテグレーションを。これは特にDeNAとかGREE等IT系の方々が言っていた。今の時代スマホがあれば寝る直前でも連絡のメールを送れるし、別に子供と遊んでたってビジネスのアイディアを思いつくこともある。そこの垣根を作る必要も無いのでないか。むしろそこを分けようとすることのほうが逆に負担になってるのではないか、と。これに関しては結構自分でも納得する部分があって、また別の機会に書いてみようと思ってる。



とりあえずまぁ、こんな感じでしょうか。
うん、非常に充実した1日だった。
こういうイベントに参加すると、すごい人の話も聞けるし高揚感があって、「充実した1日だった〜」という感想は抱くけれども結局何も変わらない、ということは往々にしてある。イベントの最後に「行動に移してかないと、今日来たのは無意味です」と言われて、ひょえーと思って最低限、大量にとったメモを整理してまとめてみた。けどまだうまく自分の中で消化しきれてなくてモヤモヤしてる感はだいぶ。メモとかも振り返らず「良かった!」と思ってるだけの方がスッキリ感はあるんだろうな。笑 無意味だけど。

トピックもトピックなだけに、来年からベンチャーで働きます!みたいな参加者の方も多く、東京から来てる人なんかもちょいちょいいてびっくり。普段から色々な人と話してるつもりだったけれど、こういう層(ITベンチャー行く人とか)のなんだろう、前のめりの熱意みたいなのがぷんぷんしてて面白かった。知り合いも全然いなかったけど、こうして積極的に違う層に飛び込むのも大事やなとしみじみ。


おーわり


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Mon.

オヤジになりたくない

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秋真っ盛り。南禅寺近く、インクラインにて。


最近は学祭だとか団体の企画だとかが立て続けにあって、やっと一息と言う感じなので最近感じることを2つくらい書いてみます

1, オヤジになりたくない

謙虚な気持ちで学び続けるのって大事ですよね、ってこと。
すごくありきたりだけれど、最近すごく思う。
特に後輩から学ぶ、ということについて。

大げさかもしれないけれど、大学も4年になって1年の時に比べれば色々な経験をしてみると結構保守的、というか後輩の発言に対して無意識のうちのも上から目線になっている自分がいる気がする。後輩の活動を見聞きしている時に、無意識のうちに「それでうまくいくのか。。」という思いを抱いたりすることがある。勿論建設的な批判は良いとして、自分が今までしてきたことを過度に美化して言ってしまっていることもある 。恥ずかしいけれど、自分がしてないことをしている、ということへの悔しさもあるのかもしれない。

思えば、英語で話すと驚くほど年齢を意識しないのに、それが日本語における先輩・後輩になった瞬間に急に年齢への意識が出てきて、相手の立ち位置(年齢やバックグラウンド等)を聞いた上で、その立場にあったトークをしようとしている自分がいる。先輩からは学ぶ・後輩へは伝える、といった風に。
正直そういう構図で話をするのはラク。先輩からは伝えられるもの、自分は受け手と思えば言っている内容を大して吟味せずとも正しいとすれば考えなくていいから。つまり思考停止。年齢が近い人であればそれほど多くないかもしれないけれど、大先輩・例えば講演会の様な場で話を聞くときなんかはよくある。言っていることが全て正しい様に聞こえてしまったりするから。勿論素直に受け止めることは大事だけれど、受け売りになって思考停止になるのには気をつけないといけないなと思う。

逆に後輩と話すときも、斜に構えたり、アドバイスしようと意気込むんでなくてフラットに学ぼうという姿勢を持たないとなと。自分の意見を述べることよりも、人に意見のあら探しをして口出しをすることのほうがよっぽど簡単だから。人の批判をすると自分がその人よりも優秀であるかのような錯覚に陥るけれど、結局その批判は何も生み出していないことも多い。そういう姿勢で学びの対象を狭めてしまうのは非常に勿体無い。それを痛感させてくれたのは2年の時に一緒に活動した後輩。 最近インドの現地企業で2ヶ月法人営業をして帰ってきた後輩も刺激をくれた。まぁ絶賛しすぎるのはそれはそれで思考停止だけど。

オヤジになりたくないな、と思う。
抽象的な言葉だけれど、自分のやってきたことを振り返って語るだけじゃなくて、まだまだ前向いて突っ走って、失敗する人でありたい。先達に比べれば自分なんてまだミジンコ、いやミドリムシみたいなもんなんだから(あぁでも最近のミドリムシはすごい)。最近ホリエモンが出した本にも似たようなことが書いてありました。『ゼロ』、おすすめです。



2, be simple

「明日締め切りのレポートが..」とか「明日やらなきゃいけない作業が..」とか。自分もよく言ってしまうのだけれど、実際やることは具体的に何なのか、蓋をあけてみると、案外大したことなかったりすることって多い。今までの知識を組み合わせて1時間もかからず書けるものだったり、作業と言っても10分15分で終わるものだったり。そうして振り返ってみると「やらなくては..」と気持ちが必要以上にネガティブになってたり生産性が落ちていたりする。実際のコストはそれほど大きくないのに、始める前の、感じる必要の無い精神的コストが生まれてしまっているのはとても勿体無い。
あと最近思うのは、自分が何か責任者的な立場で活動に取り組む際、ムダに何かを背負おうとしないようにしようということ。勿論責任者的な立場になれば仕事は増えるし面倒なことも多い。けれど、案外周りに共有したら手を貸してくれたり、上に書いたように思ったより大したことなかったり。むしろ責任や負担が増えたことに対しグチったり大変大変と言ってる方がストレスがたまる。そんなやらなくていいことも、やることリストに入れて焦りを感じるのも無駄。やらなくてはいけないけれど、それが今ではないものはとりあえず頭の中からアーカイブ。今やるべきことは、やる。やらなくていいことは頭からはずす。そこはある意味機械的にというか、感情をはさまないほうがうまくいくことが多い。代表とか何かの長、ということへの責任感は本当に大切で、往々にして「長だし頑張らないと..」という感情は生まれやすいけれど、そこに負担を感じ過ぎると善意の押し売りになりかねない。そして「私は頑張ってるのになぜみんなやってくれないの..」というひとりよがりに陥る(そういう態度が同情を生むことはあるけれど..)。しかもそういう時に限って、冷静に分析してみるとタスクを処理する以上に愚痴っていたり、何もしていない時間が多かったり。それだったら、具体的にその企画なり活動なりが成功するために必要なことは何かリストアップして、それを粛々と実行してく。 やることは無限にあるように思えても基本的には定量化できるはずだから。そして必要ならピンポイントで周りの人にお願いする。その企画の成功のために必要なことは全てするべきだけれど、別に自分に与えられている全ての時間を余すこと無くそれに費やす必要はないわけで。それは別に手を抜くという意味ではなく、それに費やす単位時間には精神的にも物理的にも全力を注ぐ。でもその企画の活動期間ないし活動期間ないしずっと(1日中なり、1年間なり)時間を使わなければいけないわけではないということ。一つのことを始めると他のことは目に入らなくなる、というのもいいけれど同時期に複数のことに全力を注ぐのも可能だと思うので。勿論、そういう、複数のことに全力を注げるとう前提のもと一つのことに全てを注ぐ、という判断は妥当だと思う。うーん、なんだか分かりにくくなってしまったかも..
まぁbe simple、無駄に感情的になってストレスを感じるのはやめた方がいいのでは、ということ。


おーわり



ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していくゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく
(2013/11/01)
堀江 貴文

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Wed.

近況報告やらなんやら

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最近のベストショット@金閣


京都に戻ってきました。
戻ってきてから3週間ほど。
京都に帰ってきてから色々な人に「え、なんで京都いるんww」みたいなことを言われるので、近況報告を書いてこうかなと。(自己満)

大体3つくらい

1,進路が決まりました。
やっと落ち着きました。来年6月から東京で働きます。
周りの同級生に比べ滑り出しは比較的早かったように思うのですが、留学やら何やらをしていた関係で日本の通常のプロセスに全く乗れず、イレギュラーな就活をしていたことで時期が遅くなりました(それでも海外の人に言うと”卒業前に決まるとかはやっ”と驚かれるけど)。

色々と考えて悩んだけれども、最後の最後で自分らしい選択ができたと思ってます。
俺にはこれしかない!やべえ!とまでは思わなくとも、自分のぼやっ〜〜〜っとした将来像に近づく道は選べたのかなと。
ほぼ初めての国内新卒として、「この人達と働きたい」と思える様な優秀でユニークな人たちに囲まれて仕事ができそうでワクワクしています。

とりあえずさくっとクビにならないようにがんばろうと思います。まぁなっても何とかなるかな

がんばるぞー!!!

2, シェアハウス、始めました。
前からやりたいな〜と思っていたシェアハウス。
ちょうど留学から帰ってきた5人と日本に来ている留学生の6人で下鴨に住み始めました。
3階建て屋上付き、自分の部屋もついて家賃は月2万円。

シェアハウス、いい感じ!
色々シェアできるから安くすむし、ふらーっとリビングに立ち寄ると誰かいて話せたり、みんなで朝食食べたり、友達が友達を連れてきて新しい出会いがあったり。あとは壊滅的に料理の出来ない僕に(主食はすき家)、ご飯をめぐんでくれたり。イイネ!!

様々なバックグラウンドをもった人がふらーっと立ち寄って、面白いつながりが生まれる場になったらいいな、という感じです。

facebookページはこちら。
かどっこはうす(Kadokko house)
場所的にかどっこにあって、角のある(丸くない)人たちが集まってるってことで「かどっこはうす」です。心はまるいよ、ってニュアンスを含めて表記はひらがな。




3, 超学校いってます。
報告と言っていいのかわからないけれど(笑)
超学校いってます。毎日朝から行ってます。 累計1年半日本にいなかったつけがここで。笑
周りの同級生は週2−3コマで、中には全てとり終わって半年のフリーライフを漫喫してる人もいますがわたくし週20コマです。必死です(卒業シタイ!)。
とらなきゃのものも多いのだけれど、趣味でとってる一般教養科目もいくつか。1年の時はあんなにダルいと思ってたパンキョーも、4回生になってみて気軽な気持ちでとると案外新鮮で面白いもんです。例えば政治学の授業を聴講して、国会議員って国会でなくて遊んでても別にいいんだ〜へ〜なんて思いながら楽しんでます。

あと
オーストラリアの大学の様に授業料くっそ高いかつ従量課金制(1科目4000ドル=40万円 / 学期)な場所にいた時に比べると京大は1学期30万円で定額取り放題制だからなんかお得だなぁと思ってとってるのもあります。語学の授業なんか、タダで語学学校行けるようなもんだしお得だなと思う。

ということでめちゃ学校にいるので学校いる方はお昼でも夜でもたべにいきましょう〜



後期に向けて思うこと
まぁとりあえず無事に卒業すること。
とりあえずこれは何がなんでもしないと 笑
卒論も授業も、モレなくきっちりやってこうと思う

あと最近よく思うのは、時間を絞ってくのって大事だなってこと。
最近はPCのカレンダーを使って、何時から何時まで何をしてたのかというのをラフに記録するようにしているのだけれど、そうして見ると案外よくわからんことに使ってる時間って多い。もっと言えば、一定の意義のあるとしても、それって他にその時間を使ってできたことに比べて意義は大きかったのかな?と思うようなことが多い。機会費用を考えるというか。先に書いたようにパンキョーを含めて最初は20コマ以上、ほぼ25コマ履修していた。いくら授業とっても授業料変わらないし、おトクだなと思ってた。けれど、確かにとっといた方がベターだなというものは多いけれど、自分の中では他にもやりたいけどやれてないことが結構あるなって気づいた。blog書くことなんかもそう。自分が将来こうありたいと思う姿をベースにして、そうやって趣味でとってる一般教養の授業で得られるであろうことと自分のしたいことや自分の勉強とを比べてどっちがより近いのか。

(そういう人って結構多いのかなと思うのだけれど)自分は結局何をやっても、良くも悪くも最後には「楽しかった!良かった!」と思えてしまうタイプ。結果というのは変えられないから与えられたものに意味付けをして、最善を尽くすというのは大事なこと。けれど、だから、何をやっても頑張ってしまうからからこそ、何かが流れてきた時に反射的にとるのでなく、自分のありたい姿と照らしあわせながら何に時間を使うかを選ぶ時によく考えなくてはいけないなと思う。(最近読んだこの記事も面白かった)
1回生の時から、何をやっても考え方次第で自分のためにはなると思ってきた。これは今も変わってない。けれどその「ためになる」度っていうのは、完全に定量化はできないけれど選択肢によってかなり違う。特に自分のありたい姿ってのと照らしあわせてみたときにそれは見えてくるのだと思う。学生をやってると時間が無限にある様に感じてしまうけれど、有限の時間をどう配分してくのかってのは考えてかなくてはいけないなと

それは必ずしも予定を詰め込むということでなくて、最近はむしろ予定を絞って自分の時間(振り返ってみたり、本読んだりよか)をとろうとシフトしようとしてます

ま、とは言いつつ遊びたいけども!!アホなことも沢山したい
ってことで遊びとか、生産性で切れない時間(=自分がやりたいと思うこと)に時間を使えるために、生産性で切れる時間はがんがん生産性を追求してきたいなと思います

そういえば最近は少し停滞気味だったlinKもまた再開してこうと思うので、よろしくお願いしまーす


では!
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Fri.

閉鎖性とつながり欲求の狭間で。

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日本に帰ってきてはや4週間くらい経ちました。いやあもうなんといっても飯がうまい。毎日欠かさずらーめんか牛丼(か、どっちも)を食べて幸せな毎日を送っています。2週間の中で東京ー京都を3往復半くらいしてるのでまだ日本を旅行してる様な感覚。そんな状態なのでまだ外から日本を見てる感覚があって、思うこと考えることが色々あります。
まぁ、いつもながら主観的な視点になってるのは念頭に話半分の気持ちで読んで頂けたら幸いです。


要はもうちょっとオープンになっても良いんでないの、ってそういうことです。

閉鎖的な日本人?
海外、少なくとも欧米のpartyでは誰か友人を呼ぶとその人が別の友人を連れてくるのが一般的。例えば誰かの誕生日party(基本的には誕生日の本人が企画して人を呼ぶ)があると、祝われる人とは初対面なんて人がごろごろいる。僕自身も顔も知らない人の誕生日partyに行ったことは数知れない。だから企画者本人以外の人にとっては、その場にいる人の大半は初対面ってことはザラ。それでもみんなそれほど気まずさを感じず知り合いと話したり、新しい人の出会いを楽しんでいる。別に欧米人の皆がコミュ力あるなんて思わないけど、大抵の人は少なくともある程度の会話はしている印象。

ところが日本で似たようなことをしようとすると、雰囲気が凍りつく。タテマエが全面に出ると言うのかなんというか、話していてもなんだかたどたどしい。たまたま訪問してた外国人の友人を連れて行ったりなんてしたらなおさら。コミュニティをごっちゃにしたparty(飲み会)の様なものをしても基本的に話すのは所属するコミュニティの人ばかりだろうし、もし何かの飲み会に自分を訪ねてきた友人を連れてきたりしても、大抵その友人は馴染めず終わってしまうことが多い。

一方で..
一時盛り上がったmixiから実名式のfacebookに時代は入れ替わり、実名公表は日本では浸透しないだろうと言われていたのもつかの間、facebookは急速に日本でも浸透した。身近な友人はもちろん、小学校の友人等とも繋がり始めた。映画『ソーシャル・ネットワーク』が一つの起点になったのでないかと思う。その前までは日本でfacebookを知っている人はほとんど居なくて、初期の頃の自分のfacebookの友人は9割くらいが外国人だった。上で書いたような閉鎖的な資質に合わないだろうと思っていたけれど、蓋を開けてみたら爆発的に広がっていっていた。勿論全員とは言わないけれど、人々はつながることに抵抗が無く、むしろつながりを求めている様にも感じた。人々がオープンになっていったのか、もしくは元々オープンだったけれどそれを出していなかっただけなのか。僕は後者だと思う。また最近では「オフ会」が流行っているという話も聞く。何か活動を起こしている人がtwitterで出会ったりといった話も。ちなみにtwitterは諸外国では大して流行ってないみたい。
そういうのを見聞きしてると、別に根っから閉鎖的なわけではないんじゃないか?と思えてくる。根源的にはみんな新しい出会いにはオープンで、求めているんじゃないのって。

“サークル”というユニークなシステム。
先に挙げた新しい人との交流の場での閉鎖性って言うのは生きてきて培われてきた精神的なものが大きいと思うけれど、システムによる影響もあると思う。
日本で大学生していた時は、皆どこかしらのサークルに属し、そこでのコミュニティを楽しんでいるというのがすごく一般的だった。新歓の時期には多種多様な人に出会うけれど、皆どこかに所属することになり、そこでのコミュニケーションが多くなってくる。新歓期に出会った人との交流はどこかで途絶えることが多い。
一方海外、少なくとも自分が留学していたり、話した欧米圏の大学生で、サークルというものが存在するという話を聞いたことは殆ど無い。勿論スポーツのクラブチームはあるけれどかなりガチなものが多いので日本の体育会の様にあまり皆所属するものでもない。societyというサークルに近い、ゆるいつながりみたいなのはあるけれど、日本の大学にあるサークルの様に種類は無いし、結びつきももっと弱い。オーストラリアにいた時にあったのは、写真のsocietyとか、アジア人学生のsociety、キリスト教のsocietyなどなど。何か活動をするために集まっているというよりは何か自分に共通点のある特徴で集まる感じ。だから毎週何かの活動があったり、飲み会があったりとかいうのはほとんど無い(勿論海外大と言っても国や大学により差はある)し、それゆえ結びつきも大して強くない。ウィーンにいた時はクラブチームすらsocietyすらも無かった。一方サークルでは、ある程度定期的に活動しているものが多いし、普段遊ぶのは基本サークルの人、という人も多いんじゃないだろうか。”サークル”というシステムは、「居場所」の様なものがとても作りやすい構造になっていると思う。 日本に留学に来る留学生もサークルの存在を知って何かに入り、結構謳歌している印象。個人的にもすごく良いシステムだと思う。それは高校までの部活も然り。何かに”所属”することで日本人は居場所を得たと思い、安心感を感じる構造になっている。おそらく会社に入ってもそれは同じなのだろう。
一方で欧米圏ではそういうものがあまりない。自分の居場所、普段の仲間、というのが見つけにくい環境にあるんじゃないかという印象を僕は受けた。中学高校の頃にも部活といったものはあまり無い。欧米の大学生に、「中学高校の頃は毎日4,5時間は部活やってた」みたいな話をすると「君はプロのスポーツ選手を目指していたの?」と聞かれ、いや多くの人がそうだと答えると”You guys are crazy!”という反応をされることが多かった。僕が部活に勤しんでいる中学の時に、ドイツにいる友人を訪ねて数日一緒に過ごした時、学校から帰ってきて、別に部活をするでも無くただのんびりとしていた彼を見てびっくりした記憶がある。定期的に活動の機会があるものに所属することが少ない。だから「〇〇部の山田」とか「△△会社の鈴木」の様に、所属で人をカテゴライズする習慣が余り無い。
彼らがパーティー等の場で新しい人との出会いにオープンでいるのはそういうのの影響もあるんじゃないかと。大学に関して言えば、日本の中・大規模なサークルであれば50人や100人くらいの人がいて、全員とは話さないにせよ、自分が所属するその居場所で仲の良い友達ができる機会が50人100人分あるわけだ。逆にサークルのシステムが根付いてない欧米人にとっては、「所属」する概念があまり無いから、パーティーの様に多くの人がいる場で人と知り合って行かないと友達の数が増えていかない。自ずとそういった場でオープンにならざるを得ない状況が彼らにはあるんじゃないかと。僕自身はサークルの活動を通して仲の良い友人が出来たし、そういう意味では彼らはかわいそうだなと思ったりもした。


でもやっぱり..
「欧米にはサークルの様なシステムが無いから友達増やすためにそういう場に足を運んで友達の輪を広げていかなきゃいけないのかかわいそうざまぁw」
っていう考え方をすることもできるかもしれない。けれど、どんな背景があるにせよ、新しい出会いに対してオープンである彼らは強いと思う。
上でも少し触れたけれど、中学高校での部活、大学でのサークル、そして会社での終身雇用。日本では何かに”所属”することが一般的となるようなシステムが出来上がっている。皆が何かに所属していて、「〜〜の何さん」というカテゴライズが出来た方が人間関係が円滑かつ効率的に進んでいくから。ラクだから。(関連記事:Categorizeとlabelingが好きな日本人) 居場所を作りやすい環境だと思う。けれどそのために、その居場所を一歩出た所にある世界や人に大して臆病になったり、またもっと言うと異なるものに対しての差別につながることもある(これに関してはまた別の記事を書こうと思ってる)。

僕は成長というのはどれだけ多くの、自分と「異質な」人に出会うかによって大きく左右されるのじゃないかなと思っている。「どうしてこんな考え方をするんだろう、こんな生き方をしているのだろう」そういった衝撃を受けることが、自分としては当たり前・常識と考えていた考えや物事に疑問を呈し、また更に思考・行動することに繋がっていく。その「異質さ」というのは勿論身近な人の中にも存在しているのだけれど、やはりコミュニティやグループを越えて、更には国境・国籍を越えたほうがそういった「異質な」考え・視点に出会える確率は高い。僕が海外に行ったり、異国の人と話すのが好きな理由も一つそこにあるのかなと思う。
サークルはとても良いシステム。けれどそこにだけ安住して、新しい出会いに億劫・閉鎖的になってしまうのは勿体無いと思う。サークルの様なコミュニティ・グループを越えた出会いに対してもっとオープンになれれば、もっともっと、日々の生活は面白くなってくんでないかなと思う。


面白いことに、一度、短期であっても留学等の手段で海外に出たほとんどの人が、こういった新しい出会いに対して非常にオープンになって帰ってくる。だから、日本人が国民性としてシャイだとか閉鎖的だとか言われていても、もっとオープンになっていく素養というのはあるんじゃないかと思う。オープンな人が増えていって、もっと日本が、minorityに対しても生きやすい社会になっていったら嬉しいなと思う今日この頃。



おーわり
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